お店を葬儀会場にします
いつもの「いらっしゃいませ」が聞こえてくるような雰囲気でした。しかし、カウンターの内側で働くご主人の定位置に安置されていたのは白い骨壺でした。そして、皆さんに微笑んでいるのは、もう何も言わなくなった遺影写真でした。それでも、参列者の皆様は、いつもの席で、いつものように飲んで、いつものように好みのおつまみを頼み、いつものように食べて、いつものように談笑し、そして、他の人にはわからぬように、静かにハンカチを出して涙をぬぐっていました。
居酒屋を営んでおられたご主人の急死でした。打ち合わせを始めました。「主人は家族だけで済ませて、皆には内緒の密葬で送ってくれればいいから」と言っていたとの事でしたので、葬儀会館でのお葬式施工はせずに火葬のみで進めることになりました。ところが、火葬炉の予約を済ませた時から、亡きご主人の携帯に「何かあったのか」との問い合わせが次々と入りました。お店のシャッターに貼った「都合により本日休業」の張り紙を見たお客さんからの問い合わせでした。
電話は次々とかかり始めます。通知音が止まりません。やむなく奥様は事情を伝え始めました。こうなると内緒の密葬には出来なくなります。ご主人の亡くなったという知らせは常連客から常連客へ伝わり、取引先の業者へ知れわたり、たくさんの方が参列を希望する大人数のお葬式をしなければならなくなります。ですが火葬後の葬儀会館のホールは次の予約で使えません。困惑していた奥様に提案をしました。
「火葬を先にされて、その後、お骨でお別れをするお葬式をお店で行なっては如何でしょうか」
常連の皆様とお付き合いのあった関係者の皆様に、あらためて「お別れ会」の形をお店で開くと伝えました。
冒頭の様子はこのようなやり取りの後から生まれたのです。お店には、愛するご家族やご親戚の他に、常連のお客様やお世話になった取引先の方々が集合しました。当然満席です。決して大きな店内ではありません。お店の外まで長蛇の列が出来ました。お客様は自主的に譲り合います。遺影写真に手を合わせると、次のお客様が入店できるように一時的に店外に出ていきます。おつまみや飲み物も奥様だけでは手が回りません。カウンター内に常連のお客様が入り手伝い始めます。皆様が食べ物をつまみ、飲み物を飲みながら思い出話に花を咲かせて、故人を偲びました。
集まってきた皆様がそれぞれに持ち寄ったのがご主人と一緒の写真です。壁にメモリアルコーナーが出来ます。「この飲み会の写真はなつかしいなあ」「私写っている」「ご主人は良い顔をしているなあ」「又、集まりたいなあ」「あの時は楽しかった」と思い出を懐かしむ時間となりました。悲しみの中に素敵な時間が流れていました。お店のお客様の力で、葬儀会館では絶対に出来ない記憶に残るお葬式になりました。
次の日もシャッターは開けられました。ご主人の想いを引き継ぎ奥さまが頑張っていると聞きました。お店のお葬式に心を動かされた親戚の方も手伝っていると聞きました。後日、サラリーマンで地方に出ていた息子さんが「会社を辞めてお店を引き継ぐ」と申し出たとも聞こえてきました。あの時のお店で行なったお葬式に参列された時に、店内の様子に感銘して転職を決めたそうです。