三歳の旅立は着せ替えて
その日はいつもと変わらない日常でした。母親が部屋の隅で遊んでいた女の子に目をむけると倒れて意識がないのに気が付きました。すぐに救急車が呼ばれ救急搬送されて集中治療室へ入院、懸命な延命治療が行われましたが、そのまま一度も目を開けることはありませんでした。原因不明の心不全と診断された突然の別れでした。
小さい子供の突然死なんてめったなことでは起こらないと思われるはずです。しかし心臓に病を持たないごく普通の元気な子供でも、あっという間に命を失ってしまうこともあるのです。たとえばボール遊びです。野球やサッカーのボールが胸の中央かやや左側にあたった時に、運悪く心室細動という不整脈が出現することがあります。いきなり心臓が痙攣したように小刻みに震えだし、血液を送り出せなくなってしまいそのまま死に至ります。これを心臓震盪(しんぞうしんとう)と呼びます。心臓震盪は正常の心臓であっても起こります。大人よりも骨が柔らかい子供は内臓に衝撃を伝えやすいのです。
ご家族はパニック状態でした。病院からご自宅に安置して、母親が用意した可愛いパジャマを着せました。外見には変化がありませんから皆様からは「まるで眠っているようだ」と声が掛かります。それがかえって辛い言葉になりました。明るく元気で家族の他にも、ご近所の皆様に愛された女の子でした。父親がやっと口を開きます。「寂しくないように家族だけでなく、沢山の人でお別れをさせてあげたい。可愛いものに囲まれて旅立たせたい。この子が好きだったアニメの歌を流したい。遺影写真の周りに、3年間の思い出の写真を飾りたい」要望をすべて用意しました。
祭壇の横に設置した台には、好きだった絵本やおもちゃが並んでいます。そして、たくさんのお友達がお菓子やヌイグルミを山ほど持ってきて飾ってくれました。
ご自宅に搬送して安置したお布団の傍に憔悴して座り込むお婆ちゃんが居ました。急な孫の逝去に言葉もありません。しっかりと抱えている桐箱に気がつきました。中身は七五三の衣装でした。横にいる母親が三歳の時に来た衣装です。今年は孫が着る番でした。「着せてあげたい」と思いました。しかし大人の白装束は何回も着せていましたが三歳女の子に七五三の着物を着付けたことはありません。急遽、知り合いの美容師さんにお手伝いをお願いしてみました。
納棺式が始まります。ヘアアレンジを済ませ髪飾りがつけられました。色が失せた唇に真っ赤な紅が入りメイクが完成します。長襦袢を着せます。大人の着物のように衣紋(えもん)は抜きません。腰紐は後ろで交差させて、前に回し蝶々結びにします。背縫いが背中の中心になるように衿を合わせて着物を整えます。付いている腰紐を後ろで交差させ少し締め前で結びます。最期に着物の上からベストのような飾りのついた袖なしの被布(ひふ)を着せて出来上がりです。
天使になった女の子は白い仏衣ではなくて、七五三で着るはずだった着物を着て棺に横たわりました。一生で一番可愛らしい姿になって、たくさんの皆様に見守られ旅立っていきました。いつまでも棺を覗き込んでいた、お婆ちゃんが忘れられません。