おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

この経は心臓によくない

本日のお坊様の宗派は臨済宗です。このお坊様が御経を読む時に、葬儀屋の私がひそかに楽しむ場面があります。ご参列の皆様が悲しみのどん底にある時に葬儀屋が「楽しみ」などと言うのは極めて不謹慎な考えだと責めないでください。決してお葬式の施工を楽しんでいる訳ではありません。しいて弁解するなら、自分だけが知っているハプニングを待っていて、実際にその通りに起こった時、心の中で「ヤッタ―」と周りには気づかせずに叫ぶような気持ちなのです。


臨済宗は曹洞宗・黄檗宗とともに日本三大禅宗の一つです。鎌倉時代に高僧の栄西によって日本に伝えられ、鎌倉幕府や室町幕府の庇護のもと武家社会を中心に広まりました。浄土宗や浄土真宗では念仏を唱えることで誰でも浄土へと旅立てるという「他力」の教えですが、臨済宗は坐禅によって悟りを得るという「自力」によって浄土へ行けるとされています。坐禅の修行を行うことでお釈迦様と同じような境地を実感できるという教えです。この宗派は禅の教えを広めるだけでなく茶道や芸術、芸能の世界にも大きな影響を与えました。御経の唱え方は「南無釈迦尼仏」(なむしゃかにぶつ)です。もう一つ付け加えると臨済宗のお坊様は「和尚」(おしょう)さん、と呼ぶのが通常の名称になります。


さて何が楽しみかを説明します。本日の告別式も無事に進行しています。祭壇前で唱えている御経も後半に入り引導法語(いんどうほうご)と言う部分に入りました。和尚様が唱えていた御経が一瞬静まります。次の御経が続くと思っていた全員に


「カアアアアッッッ!!!」
何の前触れもなく突然大声で和尚様が叫びました。


全ての人がビクッと身体を震わせます。特に祭壇前に座る家族や親戚一同は死去後の準備で精神的に疲れ、昨夜はお通夜でほとんど睡眠がとれていません。訳の分からない読経の時間は気が緩むのです。中には眠くてウツラウツラと目をつむった人もいます。それが急に大声で怒鳴り付けられました。予期せぬ怒鳴り声に全員が飛び上がります。船をこいでいた人が文字椅子から通り飛びあがるのです。「来るぞ、来るぞ」と待ちわびていた葬儀屋にはこれは面白い光景です。そして楽しみです。


参列の皆様も同様です。和尚様の大声を聞くと全員が「自分が怒られた」と思うようです。一瞬、何が起きたか判断できずに驚愕の様子で周りをキョロキョロします。


ちなみにこの和尚様の大声の叫び声は「喝」と唱えています。テレビのサンデーモーニングで張本さんが有名にした「カツ」です。「喝」と大声で叫ぶ意味は故人が現世の未練を断ち切り、これから進む正しい道へ歩ませるため必要な唱えなのです。突然「喝」と叫ぶことで迷い人を正しい道へ戻す恫喝が込められています。出来るだけ大きな声で説教をするのが良いと言われている臨済宗の御経の特徴なのです。


本日の和尚様はこの「カアアアッ」を特に大きい声でされると評判です。場内は静かに御経が流れています。参列者の大部分の人はこれから自分が大声で怒鳴られるとは微塵も感じていません。そろそろ「喝」の部分が近づきます。
今日の参列の皆様の反応は如何でしょうか。とても楽しみです。
「カアアアアッッ!!!」

×

非ログインユーザーとして返信する