おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

出発はトーマスに乗って

その男の子が過ごした人生の半分の時間は病院でした。院内学級と呼ばれる学校をムラゴンの皆様はご存じでしょうか?院内学級とは、ケガや病気のため入院しなければならないお子様のために病院内に設置された病弱身体特別支援学級の名称です。長期の入院で目標を持ちにくく生活のリズムが乱れがちな学童の精神的な支えとなり、学習面でも遅れないように基礎学力の充実を中心とした指導を行います。


生まれた時から大きな障害を持っていた男の子は、乳児の時から入退院を繰り返しながら何度も手術をうけて辛い治療を乗り越えてきました。長い闘病の間の、一番の楽しみはベッドの上で読む絵本と院内学級で過ごすお友達との時間でした。中でも一番好きだったのは「きかんしゃトーマス」の絵本とアニメです。安置されたベッドの脇の本棚にはトーマスの絵本がズラリと並んでいました。


世界中の子ども達に大人気の「きかんしゃトーマス」です。車体番号1番で小型の蒸気機関車のトーマスが、ソドー島の仲間や世界の機関車と元気よく駆け回り活躍するアニメです。イギリス人のウィルバート・オードリーが病床にあった自分の息子のために作ったお話がもとになっています。日本では1973年に汽車の絵本シリーズとして翻訳刊行されて、今では絵本をはじめ、テレビ、映画、おもちゃなど様々なかたちで親しまれています。トーマスと仲間たちが力を合わせて、約束を守る大切さなどの人生における必要なことをイギリスの気候風土や文化と共に、楽しいエピソードを通して伝えてくれる、一度は読んでおきたい絵本シリーズです。


お布団の上で目をつむる小さなお身体と向き合いながら、この子の旅立ちに出来る限りの事をしてあげようと考えました。お付き合いのある印刷屋さんに2メーター程の大きなトーマスをプリント印刷してもらいました。そして棺桶の横一面に貼り付けます。祭壇に置いた時にトーマスの棺に横たわる姿に、弔問の皆様の気持ちが一つになるお別れが出来ればと思ったのです。納棺に伺いました。棺を見た母親が「こんな素敵な」と叫び大粒の涙が溢れました。父親が「ありがとう」と呟きました。ベッドで何回も見直してボロボロになった絵本が一緒に納棺されました。


丸いメッセージシールも作ってもらいました。お通夜にお友達がたくさんきました。トーマスの絵とメッセージを書き込んだシールを皆で棺へ貼ってもらいます。トーマスに乗って天国に向かう願いが詰まった棺を全員で作り上げていきます。


火葬炉に入っていく「きかんしゃトーマスの棺」です。お骨上げの時間まで外に出ました。今では火葬場の煙突から煙の出るのを見ることは、ほとんどありません。環境問題が厳しくなりアフターバーナーで煙を出さなくしているのです。ところが、見上げてみると珍しく黒煙が上がっています。まるで、機関車の煙突の様でした。


とても短い人生でした。ですが、お母さんとお父さんのために、そして自分の為とお友達の為に、その子は、精いっぱい努力を続けて生き続けました。そして、全員にお別れを言ってトーマスに乗り込みました。
天国に向かって「きかんしゃトーマス」が走り始めます。どこからか汽笛の音も聞こえてきた気がしました。

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