棺桶に入ったチョコレート
未明に、病院にお迎えに伺いました。
お腹には、まだ、栄養チューブが、突き刺さっていました。
食べ物を、口から摂れなくなって数か月の、闘病生活でした。
「お酒が飲めないせいか、スイーツが大好きでした。もっと
ケーキやアイスクリームを食べさせてあげたかった」
砂糖水を凍らし、小さくした氷のかけらを、口に含むのが一番の
「ごちそうでした」と、
残された奥様が、小さな声を振り絞るように話されました。
お通夜の始まる前に、奥様と娘さんが大きなビニール袋を提げてきました。
中身は、いろいろなチョコレートでいっぱいです。
「甘いものが大好きでした。」
棺の中のお顔の周りに、お二人で並べていきます。
御通夜の開式です。司会者のナレーションが静かに流れ始めました。
「立春も過ぎ、一日ごとに暖かくなってまいりました。今日一日、明日一日と、 病魔と闘ってきましたが 残念ながら、旅立たれました。
甘いものが、大好きな故人様でした。
今日は、バレンタインデーです。お棺の中に、奥様と娘さん方からの
チョコレートが、山ほど入っています………」
仏さまがもらったチョコレートはこれだけではありませんでした。
故人は女子高の先生でした。
50名ほどの女子高生が、棺の前に並びます。
各人の手にはチョコレートが握られていました。
「先生の授業が大好きでした。」
「先生がいたから、学校を辞めないで済みました。」
一人一人が、遺影写真に呼びかけながら、手にしたチョコレートを棺桶の上に置いて
いきます。見る見るうちに、チョコの箱の山が棺の上にできました。
すすり泣きが、親族席と参列者席から、聞こえてきます。
バレンタインデーの日に、愛と感謝のチョコレートを山ほど抱えた仏様が
旅立ちました。