おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

館内に流れたハワイアン

納棺式の時に「これを一緒に入れてください」と家族から差し出されたのは、鮮やかな色調のパームツリー(ヤシの木)模様のアロハシャツでした。後で聞いたのですが、ハワイではヤシの木を葉・幹・実の全てを使う大事な植物と言うそうです。そのため命を守る木として、パームツリーの模様のアロハは守護神や家族愛の象徴となるようです。少し強面のお顔立ちと作成した遺影写真のイメージからは、几帳面で真面目な人生を送られたような印象を受けていました。ですから急に差し出されたアロハシャツには少々驚きました。煌びやかなアロハを着てハワイの海辺で過ごすような印象は思い浮かばなかったのです。


ご家族の次の言葉で納得がいきました。
「ハワイアンバンドで活躍していたのです」
お話を聞くと素人集団でもプロ並みの腕前を持つバンドで、その中でも故人のウクレレはピカイチの調べを奏でていたそうです。8人編成のバンドの中心メンバーであった故人は、率先して様々な場所でハワイアンミュージックの演奏活動をされていました。特に老人施設や介護施設への慰問演奏と市民ホールの発表会はファンがつくほどの好評だったそうです。


告別式でお坊様の読経と参列者のご焼香が終わると、祭壇前にスペースが設けられました。
右側に設置されたのはギターを横に倒したような見た目のスチールギターです。優しく滑らかな特徴の音色を聞けば誰もがハワイアンの世界に入り込みます。左側にはビブラフォンが運び込まれました。鉄琴の一種で鍵盤の下のファンが回転することによって音を響かせる楽器です。音の幅が広いことから曲に厚みを持たせる役割を持っています。変わった形の楽器やハンドオルゴールを手に持った一団も並びました。紹介ではヒョウタンで作られたイプやイプヘケと呼ぶ打楽器、ココヤシの木から作られたドラムはパフフラと言うそうです。本格的な楽器が勢ぞろいしたバンドメンバーの全員が駆けつけました。


男性はカラフルな柄のアロハシャツ、女性はハワイで正装とされるムームーです。そして模様は全員がハイビスカスの柄でした。ハワイではハイビスカスは神聖なものとして扱われています。そのため現地のお葬式ではフォーマルウェアとしても着用されているのです。


普段は観客席に対面するメンバーが今日は祭壇を見上げて並びました。静かに「カイマナヒラ」から始まります。メンバーの目からは涙がこぼれています。ですが音は狂いません。「真珠貝の歌」「ブルーハワイ」と続きました。演奏会で故人の弾いたウクレレと歌声もテープで再生されてバンドの演奏に重なりました。最期の曲目は伝統的なハワイアンソングとして最も知られている曲の「アロハ・オエ」でした。日本語の意味は「私の愛を貴方に」というそうです。出会った人との別れを惜しむ曲とも言われています。葬儀会館がハワイアンバンドのライブ会場になりました。思い出が詰まった曲を本番と同じ衣装を着ての演奏会です。故人もメンバーの中に参加し、ウクレレを持つ姿が見えるようです。


ところで、故人が愛用していたウクレレは、どうなったかに興味がありますか?ここまで読まれた方は、たぶん出棺の時にバンドの皆様が「極楽で楽しんで弾いてくれよ」と伝えて、胸元に抱かせて棺桶に入れてあげた最期を思い浮かべたと思います。


素晴らしい演奏が終わった後中学生のお孫さんがウクレレを手に取りました。「この演奏を聴いていたら俺も弾いてみたい」もちろん皆様大賛成です。数ヶ月後はお孫さんもバンドメンバーの一員になっているでしょう。

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