妻に先立たれ壊れる生活
夕方「胸が苦しい」と訴えた奥様は救急車の中で息を引き取りました。親戚付き合いが苦手でしたのでお葬式は家族だけで行われました。遠方に居住する一人息子さんのご家族が参列されます。憔悴した喪主様に息子さんが「オヤジ一人で生きていけるのか」と声をかけます。「大丈夫だ」と答える姿がカラ元気に見えました。葬儀が済んで二ヶ月が過ぎても連絡がありません。「四十九日法要はお済みですか」と電話を入れました。ひと言「片づけて」と返事を貰いご自宅に車を走らせます。後祭り祭壇の引き上げです。ピンポンを押す玄関先で予感を感じ、ある程度の覚悟をします。今まで経験から、突然奥様に先立たれた男性の独居生活は、凄まじいと言った表現が当たる生活環境に出くわす場合が多いのです。
多くの男性は「自分は妻より先に死ぬ」と思い込んでいます。そして「いざと言うときは妻が何とかしてくれる」と丸投げを考えています。まさか妻のお葬式をするとか、介護をするとか等は一遍も心の中に思い浮かばないお人好しなのです。特に今シニアを迎えている世代では、昭和から続いた「夫は仕事、妻は家庭」の価値観を持つ夫が多くを占めます。このよう考えの夫が妻に先立たれますと、壊れてボロボロになると言う生活が現実になります。
玄関を入った途端に異臭を感じました。廊下に口を縛っていないゴミ袋がゴロゴロと置かれています。中身はコンビニ弁当のプラスチック容器で溢れています。弁当の容器は結構かさ張るのです。ゴミ捨ての為には分別が必要なのですが、空き缶や瓶、紙ごみと雑多に入っています。リビングに入ると、洋服と下着類があちこちに山のように積んであります。新聞や雑誌が散らばり、その間に食べかけや飲みかけの容器が置いてあります。キッチンからも異臭が漂います。鍋の中には何日も経過したみそ汁らしきものが腐っています。
「お疲れが出ていませんか」ずいぶん痩せたように見受けられる喪主様に向き合いました。お風呂にも入っていないようです。ホームレスとすれ違う時に感じる据えた匂いがします。
「お葬式が終わってから心に穴があいたようです。妻が居なくなりこれまで一緒に作ってきた家庭という概念が意識から無くなりました。いきなり自分の居場所が無くなった感じです。帰宅しても家にいる感覚が想い出せません。夜一人でいると、ここにいても意味がないと思うようになり、いつ死んでもいいと考える時間も多くなりました。近所づきあいや、家計の管理、そして何よりも食事や洗濯、掃除など衣食住の多くを妻に任せていたので、何からしたら良いのかが解りませんでした。朝起きると外出に何を着ようかと考えるのですが答えが出てきません。下着がどこにあるか、外がどんな天気ならどんな洋服が合うのかが解りません。一応掃除機のかけ方は解るのですがすぐに汚れてしまいます。なによりお腹はすくのですが、一人では飯をつくる能力が無いのを思い知りました」
独居になった夫から、よく聞くのが「毎日の食事が一番大変」と言う悩みです。特に妻に家事の一切をまかせきりで、料理をしたことがない夫は、スーパーやコンビニ、そしてデパ地下で毎日の食事を買う生活になります。昼と夜は外食になり朝食は買い置きの食パンにインスタントコーヒーだけです。洋服も下着も自分で買ったことがないので、妻が生前に買い置きしていたものをボロボロになるまで使い回しするようになります。
妻に頼る生活をしている夫は急に妻に先立たれると、とても苦労します。私は「男は弱い生き物」だと思います。奥様に頼る生活を見直し、一人で料理をしてみる、洗濯機を回してみる、掃除と分別ゴミ出しを覚えましょう。あなたは妻の死後も生き続けるのです。