おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

霊柩車から見る満開の桜

火葬場に向かう道路の両側が桜並木になっています。各地から満開の便りが聞こえる季節になると、一面のピンク色の中を葬列が進みます。普段の生活では通らない火葬場へ行く道順を知る人はほとんどおりません。ここに桜並木があることを気付く人は少ないのです。皆様悲しみの涙に濡れていた顔を上げ「あー、綺麗だなー」と声を上げます。この時期を選んで成仏した故人からの最期の贈り物だと思います。


関東では霊柩車の助手席に、位牌や遺影写真を持つ喪主様が乗ることが多いのですが、そのほかの地方では「野辺送り」の主旨から後ろを続くハイヤーに乗車することが通例です。遺族は柩の後に続くという慣習を守るからです。喪主がハイヤーやマイクロバスに乗った場合は、助手席はスタッフが乗ります。神妙な面持ちで乗る助手席ですが、実際は緊張する仕事を終えた、ひと時の世間話でくつろいでいます。


「最近、忙しい? 今日の葬儀は大人数だね。道が少しは混むかな」などです。
ただ仕事はしっかりしています。必ず出発と同時に火葬場に電話を入れます。火葬炉に棺桶を入れる時間が予約時に決まっていますが、複数の喪家様の鉢合わせを避けるように、急いだりゆっくり走ったりして到着時間を調節するのです。もう一つ大事な事があります。火葬証明書を絶対に忘れないことです。この書類がないと火葬炉のスイッチが入りません。


家族のみが参列の家族葬では私が霊柩車を運転して喪主様を助手席に乗せます。お葬式の喪主という大仕事を終えた安堵感と車の中という密室で、つい本音が聞こえてきます。
今まで沈黙の車内で、喪主を務めた奥様が大きなため息をつきました。後ろの棺桶には80代のお婆ちゃんが入っています。喪主様からは「義理のお母さん」言い換えれば「姑」にあたる故人でした。


「この人には泣かされました。主人が若死にした時は私が殺したと言われました」
「子供が出来なかったので、家が絶えてしまうと責められました」
「毎日何かとつらく当たられ、ここ十年は、痴呆が進み介護で疲れ果てる日々でした。一緒に死ぬことも考えたこともあります」


私に相槌を求める事も無く、つぶやきは続きます。


「実の娘がいるのに『私は嫁ぎ先の人間だから』と言い何もせず、『あんたが長男の嫁だから』との事だけで、私がすべて面倒を見なければいけませんでした」
そういえば、家族が数人いたのに誰も手を出さず、病院の手続きから葬儀の打ち合わせまで、すべて喪主様が、お一人で済まされていました。


助手席にそっと声をかけました。「長い間、大変でしたね」
喪主様の目から、突然、涙があふれ出てきました。そういえば、通夜、告別式と、どなたの涙も見ていませんでした。バッグからハンカチを出し、顔をあげました。


「あー、綺麗な桜」初めて上を向いた奥様がつぶやきます。「やっと これで・・・」後半の言葉は聞こえませんでした。
満開の桜の下を霊柩車が進みます。高い煙突が桜の木立の向うに見えてきました。まもなく火葬場です。

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