おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

極楽では自由に歩きたい

霊安室で対面したご遺体の両足は切断されていました。数年前に糖尿病性壊疽を発症して太ももからの両足切断手術を受けたのです。病気や突然の事故で手や足を失う人がいます。皆様はそうした手術後の切断肢はどうなるのかをご存じですか?やむなく手や足を失う患者様にお医者様は切断肢の処理について尋ねます。ほとんどは「処分して欲しい」と伝えるようです。その場合は手術前に病室で同意書に署名をします。すると病院の出入り業者が切断肢を火葬炉か医療廃棄物用の焼却炉に持ち込み、一片の骨も残さないように完全焼却をします。ところが手術を受ける患者様の中には


「あの世では元の健康な身体に戻りたいので、切った手や足のお骨を手元に残しておきたい。死んだ時に火葬後の全身の骨に一緒にしてお墓に納骨して欲しい」と希望する人も出てきます。


こうした願いに応えるのが手や足だけの火葬です。この場合に備えて葬儀屋では、四肢専用の棺を用意しています。病院から連絡があると手術前に運んで手術室の看護師さんに渡して、手術後にお医者様から何時何分に切断したと記入した証明書類と切断肢を納棺した箱を持ち帰ります。証書を役所に提出すると火葬時間が決まります。朝一番とか最終炉などのご遺体が入る時間帯をさけて決定されます。当然火葬料も全身ではないので数千円で済み、短時間で焼きあがります。数本お骨を骨壺に納めてご家族に渡します。ご自宅で保管しておいて、亡くなった際に改めて火葬後の全身遺骨と一つにまとめてもらうのです。


火葬後にすべての遺骨を収骨する東日本では、全身のお骨を大事にする考えが強く、切断四肢の火葬が良く行われます。関西から西は本骨と呼ぶ第二頸椎を大事に拾い、他の焼骨は大きな骨のみを拾う部分収骨ですので、切断肢の火葬はあまり聞かないようです。


打合せの時に憔悴した奥様から申し出がありました。
「この人の切った両足だけ火葬して骨壺に入れてあるから、新しい骨壺は用意しなくていいです。この人の遺言は『俺が死んだら、焼いた骨と一緒にこの足の骨を入れてくれ。こんな身体はもう嫌だ、極楽では自由に歩きたい』と言っていました」
「わかりました」と答えて、数本の足の骨の入った骨壺を預かり、火葬場に向かいました。


火葬が終了したアナウンスが流れました。炉から出てきたお骨には下半身の骨がありません。ノコギリで切られたように上の部分しか残っていない大腿骨が見えました。火葬場の職員さんに許可を貰い、持ってきた骨壺から足の骨を取り出し、台車上の足があった場所に置きました。台の上で全身の骨格が揃ったところで、参列者が改めて合掌をします。


「お父さん、これで、極楽で歩けるね。良かったね」小さな声で奥様がつぶやきます。改めて皆様の手で、足の部分からのお骨を取り上げ順番に骨壺に納めていきます。焼骨で溢れた骨壺の最期に頭蓋骨が入り、全身お骨が揃った骨壺が奥様に手渡されました。


皆様は突然の事故とか、どうにもならない病気で、自分の分身である四肢を切断しなければならないと言うショッキングな出来事に合われたらどう考えますか?身体の一部を切断しなければならなくなった時に、その部分だけを火葬してもらい骨を手元に残しておく選択をした患者様は、手術後の喪失感が軽減される言う研究結果も出ているそうです。


帰りの車内で「お爺ちゃん、これでお散歩が出来るね」と、お孫さんが嬉しそうに話しました。

×

非ログインユーザーとして返信する