全スタッフが見送る玄関
そこのホスピスと呼ばれる病院には初めて伺いました。弊社からは離れた場所でしたので、ご縁はありませんでした。ご実家が会館の近所でしたので「亡くなられた時は少し遠いけど迎えに行って欲しい」と相談されていました。早朝に寝台車を出しお昼前に綺麗な病院の前に着きました。初めての病院でしたので目立たぬように寝台車を隠すように止めました。受付に「〇〇様をお迎えに参りました、お引き取りの裏口はどちらでしょうか」と尋ねます。
ほとんどの病院では亡くなった患者様を裏口から搬出します。霊安室も地下の目立たない場所にあり、そこからの導線も病院に来た一般の人の目には絶対触れないように隠しています。黒い寝台車も白いシーツで頭まで覆われたストレッチャーも、入院患者の目に触れさせてはいけないのです。病院スタッフから「絶対に目立たないように静かに運び出して」と念を押されることもあります。病院では「死」と「ご遺体」はタブーなのです。生きている間はお金を生み出し稼げる大事な患者様でも、一旦亡くなると一刻も早く目立たないように立ち去ってほしい存在に変わるのです。
先ほどの質問に返ってきた答えにビックリしました。
「寝台車は正面玄関に着けてください。出発の準備が出来たら教えてください」
病室で亡骸を取り囲むご家族に会い、ストレッチャーに移しご自宅に向かう準備をしました。看護師さんが「少し待ってください」と声をかけ、しばらくすると館内アナウンスが入りました。「皆様、〇〇様の旅立ちです。正面玄関に集まってください」
見送りに20人程の医師や看護師、そして介護スタッフさんがロビーに並びました。待合室にいる一般の人も立ち上がりました。館内のBGMが「いい日旅立ち」になっています。両側に並んでいる人々に間を、白いシーツをかけたストレッチャーが静かに進みます。
「お疲れ様でした」「いってらっしゃい」「楽しい日々をありがとうございました」「〇〇さん、お話しできた素敵な時間を思い出しています」
スタッフの口から優しい言葉が次々と送られます。患者が出入りする正面玄関が大きく開かれ寝台車の後部が丸見えです。
「この病院で最後を迎えられて本当に良かった」ストレッチャーの後ろを歩く家族が感激で涙ぐんでいます。
後日、ネットのホームページでこの病院が掲げているマインドを知りました。「うちの病院で亡くなった患者様は、医療スタッフ全員で温かく見送ります。それが病院のおもてなしであるし医療従事者全員の使命であり価値があることでもあります」と書かれていました。
今の時代は、ほとんどの方が病室で亡くなります。そして亡くなった瞬間から病院のお荷物なってしまうのです。「早く運び出して」「他の人に見つからないように運んで」と冷たい言葉を浴びせられます。死者になった途端こんなに待遇が変わるのに疑問を持ちました。
昨日まで話していた方が急に冷たい骸になる現実に、同じ病室の患者様もお医者様も看護師さんも何も感じないとは思いません。ですが今の病院は「もう関係がない、知らないうちに出て行って欲しいと」と思うような言動をスタッフの皆様がとられます。
病院が死者を隠すのは他の患者様への影響が及ばないようにと言う配慮の考えからです。しかし、病気と闘った末に亡くなる人の死は敗北ではありません。まして、隠すほど悪い事ではありません。
寝台車の運転席で暖かい気持ちを味わいながら帰路に着きました。