おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

認知症の特効薬を見つけました

家族は悩んでいました。


90歳のおばあちゃんの葬儀の打ち合わせ中です。死因は老衰、大往生でした。


  「葬儀屋さん、おじいちゃんの出席をあきらめようと思うのだが」


故人の夫がまだ存命でした。しかし、認知症が進み5年前から介護施設に
入院しているとのこと、


 「痴呆が進んで、もう誰の顔もわからない。赤ん坊のようになり、
   知らない場所に行くと、泣いたりわめいたり、車いすの上で暴れだす」
 「葬儀会場に行く体力も無いし、連れて行っても周りに迷惑をかけるだけなので」


思い詰めていたようにいままで黙って聞いていたお孫さんがぽつりとつぶやきました。


「でも、おじいちゃんはわかってなくても、おばあちゃんはきっと会いたい」
「やっぱり妻の葬儀に夫が不在なんて寂しすぎるよ」
「今すぐ施設に連絡してみようよ」


当然、介護ヘルパーさんや看護師さんも全面協力してくれました。
トラブルを避け、参列者の来る前に会わせる段取りです。
車イスのおじいちゃんが、ヘルパーさんに押されてやって来ました。


やはり、皆が心配した通り、環境の変化で、わけのわからないことをわめきながら、
鳴き声や、うめき声をあげています。
やはりこの状態では、何も理解出来ないじゃないかと、全員の気持ちが曇りました。


棺の脇まで車いすを近づけ


「見える?奥さんだよ」
「おじいちゃんが会いに来てくれて、ばあちゃん嬉しそうだね」


じっと棺桶の中の奥様を見つめていたご主人の肩が震えて、頬に涙が伝わっています。


「泣いているの?」
「おじいちゃん、わかるの? おばあちゃんのことわかるの?」
「やっぱり、おばあちゃんのことはわかるんだ」
「そりゃ何十年も連れ添ったから」


静かに涙を流していたご主人が、柩に手をかけて車イスから立ち上がりました。
おぼつかない足元を心配して家族が身体を支えます。


「おじいちゃんどうしたの?」
「おばあちゃんの顔もっと近くで見たいの?」


ご主人は柩につかまり、故人の顔に手を伸ばし震える手でそっと奥様の顔に触れて、
「ばあさん」
小さくつぶやきました。
「ばあさん。ありがとう」


そこまで言うとその後はぐったりと車イスに沈み込み、またもとの状態へと
戻られてしまいました。やむなく、参列者の来る前に、介護施設にUターンです。


車いすリフト付き介護タクシーを見送る全員が、奇跡の瞬間を目撃した驚きを感じ、
感動の涙で、車を見送りました。

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