夫が死んだら縁切りです
生まれた時も小さい時も学生時代も知らない赤の他人の男と女が、どう言う訳か一緒になり妻と夫という名前に変わります。不思議な運命でなぜか夫婦になるのです。どちらかが亡くなっても、お互いを愛する存在でありたいと願いますが、なかなか難しいのが現実です。
火葬場から持ち帰ったご主人の骨壺を、後飾り段に飾ろうとした時に喪主を務めた奥様が手を振ってさえぎり、口を開きました。
「この骨は主人の実家に持って行きますから、この家には飾らないで」
お話しを伺うと、どうやら死後離婚をするようです。あまり詳しく聞くのもいかがなものですから、会社に帰ってから少し調べてみました。
夫と死別すると「姻族関係終了届」を出す女性が年々増加しているようです。一般的には死後離婚と言われます。亡き夫の親族との関係を解消するという意思表示をするのです。日本では婚姻届を役所に提出すると、配偶者との婚姻関係だけでなく、配偶者の両親や兄弟姉妹などの姻族との関係も結ばれます。離婚の場合は姻族関係も消滅しますが、死別の場合では婚姻関係は終了しますが、親戚の姻族関係は継続されます。そのため、夫が長男だった場合、夫が亡くなった後も妻は夫の両親の介護を一手に引き受け、夫の先祖の墓を守ることが宿命となります。しかし核家族化が進み、「夫と結婚したのであって、夫の親族との関係を一生望んだわけではない」と考える人も出てきました。夫の死亡後は姻族関係終了届を提出し夫の両親の扶養義務を解消したいと考える妻が増えているとわかりました。
夫と死別した妻が、その後の自立を望むのにはもう一つの理由がある様です。国勢調査によると1990年に65歳以上の女性の56.6%が夫を送りました。2015年以降は38.7%に下がっています。男性の寿命が長くなっているからです。かつては「夫が亡くなると、妻は元気になる」と言われていました。現在は夫婦ともに高齢化と長寿で、死別年齢が上がっています。その結果として夫の死去の後で妻が元気で暮らせる期間がとても短くなりました。
年を取ると言うことは、頭も身体も壊れていくことです。女性は80歳を過ぎると認知症が急増し、80代後半では58.9%に認知症の兆候が見られるといわれます。ご主人を送った一人暮らしの高齢の奥様のお家に49日法要などのご挨拶に伺うと、気づくことがあります。
高齢女性のほとんどは夫と死別して一人暮らしになると、毎日の料理をしなくなるようです。煮物を作ったら何日もそれを食べ続けるとか、コンビニの簡単な食事で済ませるなどの様子が垣間見えます。高齢独居率の特徴は、料理ができても夫と死別して一人暮らしになると、食事を十分に摂取しないセルフネグレクトに陥り、低栄養で寿命を縮めます。こうなると自分の食事も用意も面倒くさいのですから、夫の親の介護や夫関係の親戚のごたごた等は、残りの少ない人生でこれ以上はかかわりたくないとの気持ちも理解できます。
毎回、配偶者との死別を目の当たりにするのが葬儀屋の宿命です。遺された者の深い悲しみや苦悩そして安堵など、夫婦の数だけ異なる別れがあります。愛する者の別れに号泣する現場は少なくなり、夫との生活に疲れ「やれやれ、やっと死んでくれた。ホッとした」などの本音の言葉も聞こえてくる別れの場も増えてきています。
夫婦の愛情は死後も続き、来世もまた一緒に暮らせるなどと浮かれている世の男性諸君、本当に愛されているか、今の生活をもう一度見直しませんか?