おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

故人を守るために火葬を

火事が起きました。残念ながら逃げ遅れたお爺ちゃんが焼死体で発見されました。猛火に焼かれた死体はむごたらしい状況になります。迫りくる炎を避けようと出来るだけ身体を縮めた状態で発見されます。一見して人体だとは解りません。黒い塊に見えます。そして、何よりもたまらない臭いがするのです。炭の燃えている匂いと、脂が焦げている匂いと、半生の臓物の腐臭です。警察の監察医が焼死は身元確認に時間がかかると言うのも解ります。


死体安置所から黒いビニール袋出来た納体袋に入れて、そのまま棺桶に納棺しましたが、すさまじい臭いは止まりません。棺桶に近づくだけで、すぐに気がつくほどの腐臭でした。ショックを受けている家族からも困惑した会話が出てきます。
「このままではお葬式は難しい、と言ってやらない訳にはいかない、何か方法は無いかね」


お爺ちゃんは町内の自治会長を長く勤め、地元の保護司としての活動も長く、内輪だけの家族葬で周りに死去を隠して旅立たせることは不可能でした。やむなく切り出しました。
「先に火葬炉に入れてお骨にしてからお葬式をなさったら如何でしょう」


葬儀屋の私が提案したお葬式のスタイルは、火葬を先に済まして綺麗な遺骨を祭壇に飾る「骨葬」です。通常は、お通夜告別式の後にご遺体を火葬しますが、先に火葬をすることでお葬式を後日に設定できます。なによりもご遺体の状態を心配する必要がなくなります。


骨葬を行う理由の多くが事故や事件、あるいは亡くなってからかなりの時間が経過している場合などご遺体の状態が良くないというケースです。このほかにも死去の場所と住居が離れている場合も火葬を先にして、遺骨で持ち帰りお葬式をする骨葬が選ばれます。


芸能人や政治家そして大企業の社長や会長といった社会的に名の通った方の場合も、家族で先に密葬と呼ぶ火葬を執り行い、その後日程を改めて調整し一般弔問客の方々も参列できるような大規模な本葬を行います。これも結果として骨葬と言えます。


東北地方北部では家族で囲むお通夜を終わらせたら火葬を先にします。その後に告別式を行うのです。その地区では火葬後のご遺骨を持って、お寺でお葬式を行うことが一般的でした。そのためお葬式の前に火葬を行い、お骨でおくる風習が残っています。


皆様が考えるお葬式はお通夜と告別式の後に火葬を行います。これはご遺族の気持ちとして、出来る限り生前の顔見ておきたいとの表れです。又、訃報を知って弔問した参列者にも安らかな故人のお顔を見せてお別れしてもらう為です。骨葬は先に火葬しますのでお葬式の時にお顔を見ることはできません。今回は対面が不可能でしたので骨葬を選びました。


お葬式を考える時に一番大事だと思う事があります。それは死者の尊厳を守ることです。病院で亡くなられた身体でも救命処置や入院の長期化で哀れな状態になっている場合もあります。今回のように突然の事故に巻き込まれてしまい、家族でさえ、目をそむけたくなる状態の死にざまもあります。そのような時に、お葬式の思い出が故人の尊厳を傷つけるような事は、あってはならないのです。その為に、むごたらしい身体は先に火葬して、参列者の皆様には生前の御顔と御姿の記憶を思い出しながら、お葬式に臨んで欲しいのです。


綺麗な白いお骨を抱いたご家族が、悲しみを乗り越えてお通夜の準備を始めました。

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