夫婦の別れはドラマです
葬儀屋とは、連日、「夫婦の別れ」「親子の別れ」を目の当たりにする仕事です。
夫婦とは婚姻届けを出した瞬間から、必ずどちらかが相手を見送る宿命を負います。
妻を送り出す夫は、プライドもあり葬儀の間はしっかりと喪主をつとめますが、その後は
ボロボロになり、壊れていきます。 男は弱い生き物なのです。
反対に、夫を送り出す妻は、葬儀後は、皆様、生き生きとして、必ず奇麗になります。
ご主人を送り出す奥様が、喪主をつとめるケースは半分以下、喪主は男性が良いとの慣習もあり、大体は息子様が喪主になり、残された妻は会場で目立たないようにしています。
出棺前に棺桶を閉める瞬間に、その夫婦が過ごしたドラマが始まります。
「せいせいしたわ、もう顔も見たくない」
「死体の顔なんか触りたくない、早く蓋をしめて」
こんなことは言われたら、夫は棺桶の中でゆっくりと寝てはいられません。
商店を経営されていた、ご主人が急死されました。お子様は授かりませんでした。
お付き合いも多岐にわたり、たくさんの参列者が葬儀に集まりました。
喪主をつとめた気丈な奥様は、悲しみにもめげず、しっかりした打合せをし、各方面への気配りもあり、通夜も葬儀も滞りなく進行していきました。
「最後のお別れとなります、どうぞお近くへ、お顔をよくご覧になってください。」
奥様が小さな声で私に尋ねてきました。
「これで、本当に、最後なのですね」
「はい。お棺を閉じます。」
覚悟を決めたかのように柩に歩みよった奥様は、そのまま眠るご主人の上に覆いかぶさるように顔を近づけ、冷たい唇に、口づけをされました。
「ありがとう、ほんとに私、幸せでした。」
夫婦のキスを、目の当たりにした葬儀会場の全員が驚きで息を呑み、静けさが広がりました。見てはいけないもの見たような雰囲気が漂いました。
その後の奥様は何事もなく、しっかりとしたご挨拶があり、出棺、骨上げ、法要、そして支払いまできっちり済ませてお帰りになりました。
私は、帰宅したら、妻に話してみようかと考えましたが、やめました。
聞かなくても答えは解かっています。
「私は、絶対に、いたしません!」