おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

家族で奏でる葬送の調べ

ご自宅のリビングの壁には小さな時からの発表会の写真やコンクール入賞の賞状が一面に飾られていました。故人のお葬式の内容で、ご家族が提案してきたのは「小さい時から応援してくれたお婆ちゃんを私達の演奏で送ってあげたい」「母との別れは御経でなく音楽でお別れをしたい」「お婆ちゃんの大好きだったメロディ―や思い出の曲と共に見送りたい」
今回のお手伝いは、ご一家のご希望と素敵な演奏で見事な音楽葬が行なわれたエピソードです。


お寺様が読経を行う通常のお葬式でも、出棺前のお別れ花の時間に喪家様からのリクエストを受けて、故人が生前好きだった曲とか故人の生きた時代の代表的な曲などを流すことがあります。近年では「自分のお葬式はこの曲を流してほしい」とエンディングノートに曲目を指定する方もおられました。過去のお葬式で流した曲を上げてみます。邦楽では「川の流れのように」「涙そうそう」「千の風になって」「わが人生に悔いなし」「いい日旅立ち」などがありました。洋楽では「イエスタデイ」「マイ・ウェイ」「アメイジング・グレイス」「星に願いを」が記憶にあります。小さな規模の家族葬なら問題にはならないのですが、一般葬や社葬などの参列者が多数の場合は、法的に著作権の問題が生じる可能性があります。葬儀会館などの施設でCDやネット配信などの音源からの音楽を流した場合は、一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)に使用料を支払う必要が出てきます。一曲に付き665円が使用料です。実際に契約を結んでいるかはそれぞれの葬儀社によりますが、故人が好きだったCDを持ち込んで式場で流す場合は、著作権の許諾要件にあたりますので注意が必要です。式中に流してほしい持ち込みCDに、追加料金を請求する葬儀屋もいます。


喪主様は交響楽団のプロ演奏者でビオラを持ってきました。奥様は音楽大学でバイオリンを専攻し卒業後はご自宅でバイオリン教師として後進を育てています。ご長男は中学からチェロを弾くようになりコンクールで入賞をする腕前です。ご長女も小学校からバイオリンをお母様に習い始め将来はプロの奏者になるのが夢だそうです。親子4人のカルテットが棺の前に座りました。「音楽を愛した母のおかげで、演奏と言う好きな道に歩めました。妻との出会いも音楽でしたし、子供達も音を出すことが好きなのは、お婆ちゃん譲りだと思います。旅立つ母に感謝を込めて我々の演奏で送ってあげようと思います」マイクを握る喪主様の挨拶が終わると、ご長男がチェロの弦に弓を滑らしました。家族葬でしたが、不幸を聞いたバイオリン教室の生徒さん方も多く参列しました。いつもは、抹香臭い読経が響く葬儀会館のホールが、いっぺんにコンサート会場に激変しました。


音楽葬は無宗教葬や自由葬とも言い今後も増えていくと思います。今回のように家族全員の演奏で送るお葬式は難しくても、お子様やお孫さんが祭壇前で演奏を行う場面はあります。故人が好きだった曲や家族との思い出の曲などを流すことで、何年経っても素敵な記憶が色鮮やかに人々の心の中に生き続けます。その曲を聞けば、故人を偲び、歩んできた人生に思いを馳せる事が出来るのです。奏でる曲で故人を偲ぶ時間を演出するのが音楽葬のメリットです。


モーツァルト、ハイドン、ドヴォルザーク、シューベルトと演奏が続きます。それぞれの曲紹介に「初めての発表会の演目」「コンクール入賞の演奏」「お婆ちゃんの好きだったアンサンブル」とコメントが入ります。まもなく、出棺の時間です。


ボロディンの弦楽四重奏第2番第3楽章「ノクターン」が始まりました。

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