おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

亡者が参列していました

「信じるか信じないかはあなた次第です」このフレーズはオカルト特集や恐怖映像の番組でよく使われます。葬儀会館も魔訶不思議な現象が起こる場所と言われ、参列者の中には気味の悪い場所と感じる方も多いのです。過去にも「葬儀屋さんは幽霊を見ますか」と真顔で質問されたこともあります。おかしな噂が出ては困りますから即座に否定しました。


会葬にみえた全員が押し黙り、会場内にはお坊様の読経の声だけが朗々と響きます。通夜式も佳境を迎えているタイミングで、最前列の家族席から、突然大きな声が聞こえました。


「お婆ちゃんあそこにいるよ」
やっとおしゃべりが出来るようになった、保育園に入園するには少し早い、小さな参列者が喪服の奥様に抱かれて座っていました。ビックリした母親がたしなめるように叱ります。


「そうね、お婆ちゃんはあそこの木の箱に寝ているのよ。もう少しだから静かにね」
「箱には居ないよ、あそこの天井の所で笑っているよ」
そして指先を上げて上を指しました。読経以外は静まり返ったホールに小さい子供の高い声はよく響きます。さすがにお坊さんの耳にも入ったようで、読経が突然止まりました。いきさつを聞いていた参列者がざわめき、中には中腰で立ち上がろうとする人も見られます。


「馬鹿な事言わないで。皆様どうもすみません。お願いだから静かにしようね」
母親は突然のハプニングに必死で納めようとします。止まった読経が再開されました。


幽体離脱という現象を真面目に研究する科学もあります。一度死んだと言われた人が蘇生した時に「ベッドで寝ている自分を天井から見ていた」と話すインタビューもあります。


霊媒師と呼ばれる人が、このようなことを言っていた番組を見たことがあります。


「お葬式の時、亡くなった方はまだ自分が死んだことをうまく理解できていません。そうなると霊体と言われる魂は、棺桶の中の自分の身体に重なるようにして寝ているのです。そのうち、これは自分のお葬式で自分は死んだようだと、状況が把握できると少しずつ冷たい身体から離れていきます。そして、天井あたりで遺族や集まってくれた参列者の様子を、じっと見守っています。皆様にお別れをして火葬炉に入ると、身体というよりどころが無くなり、やむなく旅立つのです。ですから亡くなった方には火葬される前に、たくさん話しかけてください。故人は皆様の声をしっかりと聞いています」


こうなると小さな遺族に、はっきりと見えていたお婆ちゃんの霊体は、実在していたことになります。昔から続いてきた納棺式、通夜式、告別式と言う時間は、故人がお別れを伝える大事な場面なのです。そして残された遺族にとっても思いを伝えられる最後の機会なのです。直葬とか火葬のみとかでは、お別れが出来ずに悲しんでいる故人がいるのです。


参列者が帰り誰もいなくなったお通夜の深夜です。ガランとしたホールの祭壇前に棺だけが置いてあります。照明を少し暗くする時に、私は小さな声で話しかけます。


「お疲れ様でした。納棺と通夜にご満足いただけましたか、明日もよろしくお願いします」
祭壇に灯っている2本のロウソクの炎が、一瞬揺らめきました。

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