おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

神道はハレ仏教はケガレ

寝台車を走らせていると窓から着飾った親子が見えました。この時期は七五三のお参りを見かけます。お宮参りや七五三の前に、新たな命を感謝しお腹の子が無事生まれてくることを願う水天宮での安産祈祷もあります。考えてみると、我々の生活には、結構神道の行事が多いのに気がつきます。神社にはあまり関心が無いし、神様とのお付き合いも今まで無いと思われた方はいらっしゃいませんか?そんなことはありません。結構、日本人は神様にお願いしている人生を送っているのです。


新年に行われる初詣での由来は、年籠り(としごもり)と言い家長が家内安全の祈願のため大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る習慣からきています。祈願の証にお札や破魔矢を持って帰るのです。修学旅行では出雲大社で縁結びのお守りや絵馬を購入し、素敵な出会いを願いました。結婚式で神主の前で誓いの言葉を読み巫女が注いでくれたお神酒を三三九度で飲み干しました。七福神への願掛けは現在の神社巡りのブームをもたらしました。


家を建てた経験のある方は地鎮祭を思い出してください。地面に4本の竹を立て、しめ縄飾りを張り神主がご祈祷を行います。この神事の目的は、土地を守っている氏神様に、そこの一画を利用する許可を取り、工事の安全を祈る意味と、住む人の繁栄を祈ることなのです。神様なんか信じていないのに、勝手に決まっていたと思われる方も多いのですが、地鎮祭は工事を行う施工会社が準備を行い費用は現場諸経費に含まれています。なぜなら、地鎮祭には施工会社側が施主に対して「よろしくお願いします」と挨拶をする意味も込められているからです。


地元のお祭りも神社から始まっています。11月の酉の市もその一つです。先端が熊の爪のような形をしている熊手を購入し飾ることで有名になりました。その形が福や運と金銀を手元に集めると連想され縁起物になったのです。酉の市の熊手は商売をしている人だけが商売繫盛で買うものだけでなく、開運招福、健康や家内安全、恋愛成就なども叶えるご利益があるそうです。


神道は日本特有の宗教です。先祖の霊と自然崇拝、狛犬やキツネ等の動物の神に基づいた信仰が基盤です。仏教伝来よりもずっと以前に、日本人の文化と生活の中に浸透し、大切にされてきた宗教なのです。


そんなに神様と縁があった我々なのに、お葬式だけはなぜか仏教なのです。ほとんどのお葬式が仏式で行われるのは、日本の歴史に理由があります。江戸時代に幕府の寺請制度(てらうけせいど)により、庶民は必ずどこかのお寺の檀家にならなければなりませんでした。その流れでお葬式だけはお寺にという風潮が今でも続いています。又、明治時代の政府が勧めた天皇を頂点とした国家神道の考えは戦争を招きました。敗戦とともに国家神道は終焉を迎え、神社離れを加速したのです。
又、神様は死を忌み嫌います。神社にはお墓が作られません。仏教は死後の世界を極楽浄土にしていますが、神道は黄泉国(よみのくに)常闇国(とこやみのくに)などの暗黒の世界にしています。仏教の来世とは正反対なのです。この死生観の違いが日本人の考えに共鳴し、お葬式だけは仏教で行うようになった一因となりました。


日本では神道と仏教という2つの宗教が並立して存在しています。お祝い事や祈願事等の「ハレ」の行事は神道が受け持ち、葬儀や供養などの「ケガレ」は仏教が引き受けるのです。日本人はこの分担の考えで宗教観を構成していると思います。

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