おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

お嫁さんが出禁のお葬式

警察の遺体安置所からご遺体を引き取った時から、自殺だと言うことは理解していました。エアコンやドアにガムテープで目張りをした自分の車の中で、排気管からのホースを引き込んでの一酸化炭素中毒死でした。死に顔が、ほんのりとピンク色になるのがこの自殺死体の特徴です。一見、美しいですが身体は弛緩しますので尿と便は垂れ流しです。毎回、伝えますが自殺死は決して綺麗な死に方ではありません。


自殺を考える人は死ぬ決心をする前に、生きたい気持ちと死にたい気持ちの間で揺れるようです。残された家族はそのことを知ると、気がつけなかった自身を大いに悔やみます。喪家様との話し合いは老衰や病死などで亡くなった場合とは、まったく違う対応になります。家族は自殺という通常では理解できない出来事に最初に驚愕が来ます。その後救いの手を差し伸べることが何故出来なかったのかという思いに困惑と怒りがくるのです。


打合せが始まりました。なにか違和感があります。自殺死の家族はパニックになっている場合が多く、話の内容もうまく伝わらないこともありますが、今回はどうもそれでは無いようです。自殺した故人は30代の男性でした。結婚をしていました。
ですが最初に「喪主は私がします」と言い始めたのは故人の父親でした。通常、家庭を持ち配偶者の方がいらっしゃる場合は、配偶者が喪主を務めるのが一般的です。これは家族間の問題が潜んでいる可能性が高いのではないかと思い始めました。父親が口を開きました。


「息子が死んだのは嫁のせいだ」周りの家族が「それは言わないで」と止めます。本音を言うと関わりたくありません。葬儀屋はお金を払う人の意見が一番ですから見守ります。


結局、打合せの会合には奥様は顔を出しませんでした。それどころか、納棺時もそれ以降の通夜式や告別式にも、出席が許されませんでした。お嫁さん側の家族や親戚も来ましたが、トラブルを知ると控室を分けて作るように言われ、式場でも別々に離れて座りました。


故人の配偶者が会場に出席していない、なにかギクシャクした雰囲気の中、式が進行していきます。火葬場への出棺前に、喪主をつとめている父親が挨拶のマイクを握りました。


「嫁が、息子を死なせた」「結婚させるべきではなかった」「嫁が、人生を滅茶苦茶にした」


暴言が次々と吐き出されます。お嫁さんの親族席からは「娘は悪くない」と父親が叫びます。もう修羅場です。会場中がざわつく中、やっとほかのご親族が止めに入りました。


私は、親族同士の手が出たら止めに入るつもりでしたが、そこまでに至らずに済みました。葬儀屋としては口を出さずに見守ることが一番です。喪主様が葬儀屋に依頼したお葬式です。どのような事情があったとしても、喪主様の意向に従い途中でお葬式を止めることは許されません。なんとか出棺迄こぎ着け火葬場へ出発しました。もちろん、故人の奥様は参列できませんでした。


自殺は残された家族と周りの全員を苦しめて、それぞれの人々の運命を変えると思います。


参列者が火葬場に向かった後の親族控室に、残された奥様と彼女の母親だけが、黙って座っていました。

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