おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

二頭並んだ精霊棚のナス

お盆は亡くなった人が家族のもとに帰ってくる日です。特に初盆は故人が亡くなってから初めて迎えるお盆ですから、通常のお盆よりも念入りに供養の行事が行われます。お盆の時期に亡くなった方が出ると必ず「お迎えが来た」と言われます。この時期は葬儀の繁忙期でもあります。一人では帰りたくない仏様が連れ帰る人を探しているのかもしれません。


一緒に連れて帰られたお爺ちゃんのお話しは後半にするとして、皆様はお盆の思い出はありますか?仏壇の前に精霊棚を作り飾り物してお膳を並べる作法を知る方は少なくなりました。近頃は家族でお墓参りに行ったり、お盆提灯を出したりするだけで済ますご家庭も多くなりました。子供のころに精霊馬(しょうりょううま)を作った方もおられるでしょう。精霊馬とはキュウリを馬、ナスを牛に見立てて、ご先祖様の霊の乗り物として作られます。


キュウリの馬には「早くお迎えしたいので、足の速い馬に乗って来てください」ナスの牛には「お土産がたくさんあるので、力持ちの牛に乗って、ゆっくりとお帰りください」という願いが込められています。


キュウリは足の速い馬に見立てるため細身のキュウリを用意します。真っ直ぐのキュウリより少し曲がった方が飾ったときに馬らしく見えます。ヘタを頭に見立てて、お腹にあたる部分に長めの割り箸4本を刺します。前脚と後脚の間を少しあけると足の速そうな馬に見えてきます。
ナスはヘタを頭に見立て、胴の部分に短い4本の割り箸を刺します。ナスは牛を表すので、大きくどっしりとしたものを準備します。ナスも曲がったものを選ぶと牛らしくなります。


精霊馬を飾るときは向きにルールがあります。仏様が極楽から乗って来る馬は、頭を自宅の方へ向くよう飾り、あの世に戻るときに使う牛は、玄関の方向へ頭を向けます。


お盆が過ぎたら「ご先祖様を乗せて下さりありがとうございました」と感謝の心を添えて塩で清めて半紙に包み処分してください。昔は飾り物と一緒に燃やしたり、川に流したりしましたが今は不可能です。唯一やってはいけないのは食材として食べるという方法です。他のお供え物は食べて供養しますが、精霊馬だけは役目に感謝して処分してください。


昨年、長年連れ添ったお婆ちゃんを見送り、初盆の用意をしていた、お爺ちゃんが、仏壇の前で、眠るように息を引き取りました。


精霊棚の御膳には、茶湯器という湯のみを置きます。 仏様はお茶のかおり(湯気)をいただきますので、お茶を入れて、ぬるくなって湯気が出なくなると、新しいお茶に差し替える事を繰り返します。
「お婆ちゃんは、お茶が好きやったから」
お爺ちゃんは何回も新しいお茶に取り替えていました。静かだなと不思議に思った家人が、様子を見に行くと座ったまま亡くなっていたそうです。
「お袋が、迎えに来たのだな」
と、喪主様が、つぶやきました。


お棺に入った、お爺ちゃんのお顔は微笑んでいました。二人並んで帰るように願った家人がいたようです。仏壇の精霊棚のナスの牛が、いつのまにか二頭に増えていました。

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