おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

ご遺体の匂いは厳禁です

熱波が渦巻いている猛暑の日とか、雨模様でジメジメした湿気がこもる日の部屋の中では、どうしても臭いが気になることがあります。スーパーの棚にはずらりと消臭剤が並んでいます。近頃は体臭や服の匂い、又部屋の匂いにも敏感になり、周りを気にする方も増えています。実は、葬儀屋も病院や介護施設からお連れしたご遺体の匂いに気を使うのです。


老人介護施設や看取り専門の病院から搬送してくるご遺体が匂うことがあります。病院では亡くなるとエンゼルケアと言う処置を施します。この処置の仕方も病院によってピンキリなのです。体内の便を吸い出し全身をアルコールで清拭された丁寧な処置のご遺体もあれば、死亡診断書だけで「後は葬儀屋さんが綺麗にして」と渡されるご遺体もあります。


痴呆の老人施設や寝たきりの患者さんの多い病院から搬送するご遺体は特有の匂いがします。ウンチの匂いです。ベッドで行なうオムツ交換やベッド脇での椅子の型のオマルを使いますから、どうしても匂いが病室に籠り、死体の髪の毛や着ている浴衣についてきます。当然、入浴の機会も限られていますから身体の細かい部分までは洗浄しきれていません。いくら寝たきりで危篤状態でも生命活動がある限り、汗や皮脂と垢は発生します。健康な時は常在菌と呼ばれる細菌が皮膚の臭気を守ってくれますが、死ぬと活動が止まり匂います。


搬送したご遺体の匂いが気になる時は、まず汚れた浴衣を白装束に着替えさせて、髪の毛はドライシャンプーをします。身体中を濡らしたタオルで吹き上げ体表面の汚れによる臭いを消します。過去に紙オムツも浴衣も新しくしたのにまだ匂う事がありました。爪の中にウンチが詰まっていました。認知症患者はオムツに手を入れて便を掻き出すのです。


死体の身体から発せられる臭いは様々です。身体の表面の汚れによる臭いは、洗浄することで消せる臭いです。湯灌も一つの方法ですが、死体を温めることで腐敗が進むこともあります。私は匂いのもとを取り除くことで、湯灌をせずとも清潔なお身体に戻していきます。


しかし消せない臭いもあります。身体の内部から出てくる匂いです。口からウンチの臭いがするご遺体も中にはあるのです。消化器官は口から肛門まで1つの管で繋がっています。ご遺体を着替えさせるために安易に下半身を持ち上げると、腸内に残っている排泄物が胃から食道へ逆流します。おくりびとは注意してご遺体を扱いますが、多忙な介護施設のスタッフの中には、最期の御着替えでオムツの取り換えのために、大きく下半身を持ち上げる方もいるようです。内臓が緩んだ死体は簡単に逆流をおこし口から臭うようになります。


身体の中の臭いは除去できません。匂いを防ぐために、鼻と口からの臭いがもれないようにきちんと閉じさせます。ただあまり顎を上げてもお顔が変わりますから、必要なら食道に凝固剤を入れて、匂いが上がらないように蓋をします。又、多めのドライアイスを下腹部と胃の上や食道において、臭いが出ている個所を早めに凍らせる処理を施します。


最後のお別れで、棺桶の蓋を開けたら「腐敗臭が臭った」と言われたら葬儀屋は失格です。ご家族や参列者に不愉快な思いをさせないことが大事です。棺桶で寝ているご遺体に臭わない身体で旅立っていただきたいのです。そして思い出となるお葬式にして欲しいと毎回願います。


安置や納棺の時に匂いが気になったご遺体の時は、お通夜の深夜にファブリーズを手に持ち、そっと蓋を持ち上げ、鼻を近づけることもあります。

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