お通夜の夜に解かること
通夜式に参列した多数の弔問客はすでにお帰りになりました。控え室の親族やお身内も家路に着かれました。お通夜が行なわれた葬儀会館のホールは、先ほどの混雑が嘘のように静まりかえっています。照明を絞った会場の中央に人影が見えます。喪主様一人が祭壇前に、ポツンとたたずんで居られました。身体が小刻みに揺れています。しばらく見守っていたのですが、お声をかけることにしました。
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。必ずお傍に居て、お手伝いをさせていただきます」
喪主様は、振り向きました。お顔が涙に濡れています。
「今、永遠の別れを実感できました。命の大切さや死ぬことが理解できました。葬式というのは、気持ちを切り替える儀式なのですね。家族や親戚と話し、忘れていた過去を思い出しました。皆との絆も深まりました。故人が私の人生を作ってくれたことを感じています。心の整理がつき、感謝の気持ちで送り出すことの達成感もあります」
お通夜の本来の目的は、家族や親しい親族だけが故人のそばで別れを惜しむ場です。しかし近年では告別式に参列できない関係者が故人との別れの場として使われることが多くなっています。お通夜の参列者の方が、告別式の参列者の倍以上来ることも珍しくありません。皆様がお帰りになったお通夜の夜は、先ほどまでのざわめきが嘘のように静まり、独特の雰囲気を醸し出します。
通夜の語源は、釈迦が入滅した時に弟子たちが師匠の死を悼み、お説法を夜通し語り合ったことから「通夜」と言うようになりました。一晩中、仏様の傍で過ごすことから「夜伽(よとぎ)」とも呼ばれています。夜通し故人に付き添って、邪霊の侵入を防ぐために、線香とロウソクの灯を絶やさずに棺桶を守り、別れを惜しみます。
この喪主様とのお付き合いは、打ち合わせの時点から大ごとになりました。まるでけんか腰のような対応から始まりました。
「葬式なんて必要ない。面倒なだけだ」「葬式を行う意味がわからない。葬儀屋なんか帰ってもらえ」「火葬だけでいいだろう。ボッタクリの葬儀屋は必要ない」散々な言い方です。それでも周りの家族や親族がたしなめ、結局多くの参列者が来る、通常のお通夜が行われました。
喪主様が言葉を絞り出すように、話し始めました。
「葬儀屋さんへの失礼な言い方を反省しています。時間と場所を作ってくれてありがとう。明日もよろしくお願いします」
お通夜の夜は、思い出を振り返り理解を深めて、しっかりと故人を送りだすための心の整理を行う大切な時間なのです。