おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

葬式には誰も呼ばないで

火葬炉に入っていく娘さんの柩を見送るのは父親と私の二人だけでした。これまでも寂しいお葬式は何度か経験があります。行路病死人と呼ぶ身元不詳のホームレスを役所の担当者と見送る時とか、生活保護の世帯で家族がこない場合などは二人だけで立ち会いました。しかし今回は「故人の遺言で立ち合いは、私だけです」と最初に言われていました。


2020年に「癌」で亡くなった人は37万8385人で、死亡総数の27.6%を占めています。 1981年以降39年間連続で死因のトップです。男性の2人に1人、女性の3人に1人がこの病気になります。「悪性新生物」と呼ばれるこの腫瘍は身体の細胞が突然変異することで起きます。普通の病気ですと体力をつけて治そうと努力しますが、この癌という病は、栄養を取れば取るほど悪性新生物細胞が増えていくと言う悪循環を起こします。


治療には手術(外科治療)で癌を摘出するか、放射線治療で癌を消す方法があります。手術や放射線治療の前後には必ず薬物療法と言う「化学療法」「内分泌療法」「分子標的療法」が行なわれます。手術の前後も「細胞障害性抗がん薬」が投与されます。どんな薬でも身体にとっては異物です。強い薬の投与には、結果として、とても苦しむ副作用が表れます。


投薬直後から表れる、高熱、関節痛、息苦しさなどのインフルエンザのような症状が出ます。その後すぐに絶え間なく来る、吐き気、食欲低下、だるさ、口内炎、下痢などの症状が続きます。患者さんにとってショックなことは、髪の毛の脱毛、手足のしびれ、身体が黒ずんでくる色素沈着、乾燥、爪の変形などの皮膚の異常が起き異変に気がつく時です。採血をして検査をすると肝機能障害や腎機能障害、白血球減少や血小板減少、貧血などの血液異常が判明します。薬物療法の副作用は、眉毛や髪の脱毛、色素沈着などの皮膚障害、などの外見の変化が急速に起こり、患者さんに精神的な苦痛をもたらします。


幼いころに母親が死去し父と娘でお互いを助け合いながらの生活でした。公務員として将来を有望されていた娘さんは、少し具合が悪くとも病院に行かず、薬で日々を乗り切っていました。救急で運ばれたときは、もう癌腫瘍は一回の手術では取り切れないほど広がっていました。すぐに腫瘍を小さくするために、強い薬物療法が始められました。副作用で苦しむことが解かっていましたので、職場や友人達そして親戚には、当分の間、面会は出来ないと伝えられました。


入院当初は、苦しい副作用にも耐えて治るのを望んでいたそうです。ですが、いっこうに病状は良くならず、それと同時に酷くなる副作用で、髪の毛が抜け容姿が変わっていく毎日に、ベッドの上で泣く日々だったそうです。ついに余命が解かった時に、お嬢さんは、父親に遺言を伝えました。


「私のお葬式には誰も呼ばないでください。こんなに変わってしまった顔を見せたくない。職場の仲間や友人達、そして親戚には、元気でいたときの顔の記憶で、思い出してほしい。火葬が終わるまで、絶対に知らせないでください」


これが火葬炉前で父親だけが立ち会った理由でした。


初七日が過ぎ父親から手紙が届きました。そこには、娘が逝去したこと。お葬式は済ましたこと。死去の通知が遅れたことのお詫びと理由。今までの感謝が丁寧な言葉で綴られていました。

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