差し出されたランドセル
お手伝いが辛いお葬式があります。逆縁(ぎゃくえん)と呼ばれる親が子供を送る葬儀です。特にまだ小さい子が急に亡くなるお葬式は気が重い施行です。しかし、ご縁で繋がった仏様ですからしっかりと送ってあげようと取り掛かります。逆縁のお葬式には、たとえ喪主でも親が火葬場に行ってはいけないという風習があります。子を失った親の心中を察してこれ以上苦しませないとの配慮で生まれたものです。
ですが、子供の最後を見送ってあげたいと願う親も多く、グリーフケアの観点からもお骨に向き会うことで死を認め、平常心に戻る時間が短くなると言われています。
仏様は6歳でした。小学校1年生になったばかりです。命を奪ったのはインフルエンザ脳症という病名です。インフルエンザウィルスが急速に神経障害・意識障害を伴い急性壊死性脳症を起こす怖い病気です。
子供を急に失った親の悲しみは、他人には絶対に理解できないでしょう。周りが、何か声をかけようとするのも、ためらわれるほどです。ご葬儀の打ち合わせも、放心したご両親は、お話ができない状況でした。周りの親族や、ご友人方、ご近所が必死で声をかけます。
「しっかりして。お子さんをきっちりと送り出すのも親のつとめ。」
もちろん、こんな励ましは、お二人の耳には届きません。周りの親族の助けを借りて、やっとお葬式の内容が決まりました。
お通夜の前にご自宅へ納棺に伺いました。私は、少しでもご両親の思い出を作ろうと、花柄のきれいな子供用の小さい棺桶を用意してきました。小さいお身体を棺桶に寝かせて蓋を閉めようとした時に、母親が急に立ち上がりました。
何も言わずに差し出されたのは、ピカピカのランドセルです。母親は一言もしゃべらず、その横に次々と並べていきます。新しいたくさんの教科書、削り立ての鉛筆の入ったペンケース、恐竜の表紙のノート、皴一つない体操着、表が白で裏が赤の体育帽、まだ汚れていない運動靴、入学式に着た上下のスーツ。通学時にかぶる黄色い帽子。小さな棺桶には、とても全部は入りきれません。私は、
「すみません、棺桶を大きなものに取り換えますので少し待って下さい」
急いで会社に帰り、改めて大人用の棺桶を持ってきました。母親が差し出した、すべて学用品を、ご遺体の周りに並べてから、お蓋を閉めました。
火葬場から帰る時、
「これで、あの子も天国で学校に通える。ありがとう。」
初めて、母親が、私にかけてくれた最初の、言葉でした。