おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

高齢者が自殺をする日本

口からダランと伸びた舌を押し込みました。首に残された黒い策条痕は、包帯を巻いて隠しました。白装束の襟を立てて首元の包帯を隠し、周りを綿花で覆いました。手元の死体検案書の死因の欄には「縊死」と記入されています。首吊りです。自殺です。72歳のお爺ちゃんが自宅で首を吊って、ここに横たわっています。


我が国では、自死が年間2万人を突破しています。交通事故死より多いのです。特に自殺者の多い世代が60歳以上の高齢者なのです。日本の高齢者は自分で命を絶つ人が多いのです。そして自殺者のほとんどは男性です。近年一人暮らしの高齢男性が増えています。生涯未婚率も高まりました。熟年離婚や家庭不和等の要因もあります。結果社会に孤立する男性が多く増え、助けが来ないと最後は自殺します。


高齢者の自殺の原因の7割は健康問題です。高齢になると自分の健康状態について悪い評価を下すようになります。病気をストレスに感じ、楽になりたいとか、もとの身体に戻らないなら死んだ方がましだ、といった言動が目立ち始めます。さらに動かない身体で家族へ迷惑をかけたくない、との精神的負担を負い始めるのです。


配偶者や子ども、そして兄弟などの近親者の死去による喪失感も理由になります。寂しさから希死願望が高まるのです。うつ病を発症し、そこからくる苦痛や喪失感が、引き金にもなります。統合失調症やアルコール依存症なども要因になります。


マスコミや政治家は、高齢者が健康になる社会とか、長生きする社会を目指すなどと発表しています。この国は、世界一の長寿国であり、幸福度の高い国と、もてはやされています。しかし、このような現実もあるのです。長く生きると言うことは幸せなことに繋がるのでしょうか?


これまでの経験から言える事は、自殺されたご遺族の皆様の感情は、悲しみではありません。最初にくる感情は驚きと怒りです。そして、その後にくるのが、後悔の気持ちです。困惑で憔悴しきった喪主様が、すがるような眼差しで話し始めました。


「私たちは、元気で長生きして欲しいと願っていた。なぜそれが、お爺ちゃんに伝わらなかったのかが解からない。私たちが見過ごした自殺の原因が知りたい」


遺書のようなものは何も残されていませんでした。重篤な病気もありませんでした。加齢からくるそれなりの病気はありましたが、日常生活には支障がなく悩んでいた様子もありませんでした。家族全員に愛されていました。お孫さんの成長も楽しんでいました。なぜ、死を選んだのか、どなたも理解できていませんでした。


「葬儀屋さん、老衰で死んだことにしてくれ」


絶対に死因を公表しないでと、念を押されました。立ち会っている家族には、きつく口止めがされました。打合せの後に、亡くなったことを伝える親戚一同とご近所には、「大往生で安らかに息を引き取った」と連絡することが確認されました。


お爺ちゃんは、なぜ自殺を選んでしまったのでしょうか?

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