おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

顔の上の白い布は何の為

ご遺体をお布団に安置してお着替えを済ませると、お顔の上に白い布をかぶせます。このハンカチの様な布の正式名称は「打ち覆い」と言います。葬儀社の中には「面布」とも呼ぶところもあります。布の色は白色に決まっています。昔から葬儀には色物を使いません。色のついた染物を使うと準備をしていたと捉えられたのです。白布を使う事で「亡くなる事は全く想像していなく、あわてて白い布を染める時間がとれずにやむなく使いました」という意味になります。又、日本古来の宗教の神道では白は清浄を意味しており、白い布で死者の顔を覆うことにより、死の穢れが家族に及ぶのを防ぐという説もあります。


布団に安置しているときは白い布をかけて顔を隠し、棺に納めた後は布を取って顔が見える状況にします。なぜ死者の顔に白い布をかけるの?と疑問を持つ方もおられるでしょう。


良く言われるのが、お医者様による死亡診断が不十分で、死亡確認が曖昧だった頃は、顔に薄い布をかけておけば、万が一、蘇生して息をし始めたときに、布が動いてわかるからという説明です。現在では有り得ない理由です。これ以外に具体的な理由もあります。


避けられない事実として、ご遺体は確実に腐敗していきます。すると顔が変色していき、見た目が崩れていくため、その顔を隠したのです。ドライアイスがなく充分に冷却できなかった時代、遺体の顔色は見る見るうちに変わっていきました。旅姿の白装束というのは宗教の意味合いだけで語られることが多いのですが、実際はご遺体が変色していく怖さを隠す衣装としての意味もありました。天冠(てんかん)と呼ばれる、額に着ける三角の布があります。幽霊のコントでよく使われていますが、あの布もおでこ全体を隠すように覆います。髪の毛の生え際の変色を隠したのです。手甲、足袋、脚半なども身体の末端部分から起こる肌の色の変化を隠すために覆ったのです。遺体の顔に白い布をかけるのは、腐敗して変色していく様を、周りの人たちに直接見せないためという理由があるのです。


もっと具体的な説もあります。それは虫です。昔のご遺体安置のお部屋は現代と違い気密性が無く隙間だらけで温度管理も出来ませんでした。ご遺体の口から身体の中の腐敗臭が出てくると、嗅ぎ付けたコバエがたかるのです。顔の上の白い布は寄って来る虫を防ぐ機能がありました。納棺後は虫の被害がなくなるので、覆っていた白布を取ることが出来たのです。


腐敗の進行が抑えられている現在は、白布の必要性は無くなっています。しかし無くならないのは、使用理由に死者への敬いと必要とした経緯があるからだと思います。


安置してお寺様に連絡すると、枕経を上げにお坊様がご遺体の枕元に座ります。ご家族に高齢者がおられると「お坊様に失礼に当たらないように、顔を覆ってあげて」と言われることがあります。御経唱えるお坊様に死者の顔をさらすのは良くないと言う考えからです。


ご家族から「ずっとお顔を見ていたいので、白い布をかけなくても良いですか」と聞かれます。「もちろんです」と答えて用意した布は、たたんでお顔の横に置いておきます。


葬儀会館の安置室でご家族が帰られた後、白い布で覆うのを忘れて、仏様のお顔がそのまま出ていることがあります。
「まぶしいとよく眠れませんからね」と声をかけ、打ち覆いを取り上げ静かに隠します。

×

非ログインユーザーとして返信する