おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

守り刀を交換してほしい

ご遺体を旅立ちのお仕度に着替えてもらい、お布団に安置させます。手を組ませた胸元に守り刀をそっと置きます。故人をご自宅にお連れした時から納棺の様子まで、そばで食い入るように見ていたお孫さんが、話しかけてきました。「この刀を入れて」手には新聞紙を丸めた棒状の刀らしきものが2本握られています。


守り刀とはご遺体の上に置く小刀です。この習慣は古くからありました。守り刀の置き方は、持ち手を頭側にして刃先を足元に向くように置きます。手元に短刀が見つからない場合は、鎌、包丁、はさみなどの刃物が代用されることもありました。


かつては本物の日本刀や短刀が用いられましたが、今は当然ダミーの小刀です。安置の時には、飾り袋入りの本物のような短刀を飾りますが、納棺時は火葬炉に入れるために、木製の品に取り換えて、ご遺体と一緒に燃えつきるようにしています。


守り刀の風習は武家社会からきています。最初は合戦などで武士が亡くなった時に、胸元に刀を置いて、死者の穢れを生者に移さないという意味から始まりました。そこからお葬式の時に必要な道具に変わっていったのです。この短刀は亡くなった人の身体を魔物から守るために持たせます。仏教では死者は49日間をかけて死出の旅路を歩き極楽を目指します。この旅は決して平穏なものではありません。旅の途中に出会う魔物と戦い、極楽までの道のりを無事に終えるためには武器として刀が必要なのです。守り刀はその名前の通り「お守り」としての性質も持ちます。仏式の葬儀では、旅装束として白の着物を着せて、三途の川の渡し賃の六文銭や、転ばないよう守る杖、そして守り刀の旅支度をさせて、故人の極楽往生を願うのです。


守り刀と名のつく短刀は、お葬式の時の道具だけではありません。昔はお嫁入り道具の必需品でした。現在でも和装の結婚式をされた方は、帯に短刀をさした経験を思い出されたと思います。嫁入り前の女性は家に代々引き継がれた短刀を持ち、貞操が危ぶまれるときは、自害する道具にしたなどの言い伝えもあったようです。


文頭でお話しした、お孫さんの年齢は5歳の男の子です。テレビの戦隊番組が大好きだと聞きました。棒状の物を見つけては振り回して遊ぶので、母親からしょっちゅう怒られているそうです。彼にとっては、ご遺体の上に置かれている模造刀は、どうしても手に入れたい、絶対に欲しい一品でした。


新聞紙を丸めた刀を差しだし「これを入れて」の後に続いたお願いがありました。「おじいちゃんの刀が欲しいから、取り換えて欲しいの」


喪主を務めているお父さんも、最初から息子が模造刀に興味津々で、どうしても欲しいことは解っていたようです。やむなく
「お爺ちゃんにお願いして、取り換えてもらおうか」


出棺の時お孫さんの手にしっかりと握られた守り刀が振られていました。
今頃は、孫の手作りの新聞紙で出来た守り刀を、二刀流で振り回し、魔物と闘いながら極楽の道を歩み続ける、お爺ちゃんがいるはずです。

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