別れた妻に告げるお別れ
お通夜の開式にはまだ数時間ありました。入り口に喪服を着た初老の男性が立っています。早めに着いたご親族様と思い声をかけました。「まだ、ご家族や皆様はこちらにいらしてません。お家の方に行かれますか?こちらで待たれますか?」
相手は口ごもります。「ご親族様ですか、ご友人かご近所の参列者の方ですか?」やっと口を開いて出た言葉は、予想もしなかった答えでした。
「ほかの参列者に会いたくない。誰もいない時間に、お別れが出来ないだろうか。家族や親戚にも、来た事がわからないようにしてほしい。唯一、連絡先を知る娘がこの葬式を教えてくれた」
事情を聴くと、今回亡くなった女性はこの男性の別れた妻でした。別れた奥様は、その後再婚されました。細かいことは尋ねませんでしたが、離婚の原因は、色々あったようです。ポツリポツリとお話がすすみます。
「離婚当初は正直ホッとしたし、二度と顔は見ないと思っていた。恐らく元妻も同じ気持ちだと思う。気持ちの上では全くの赤の他人だ。今回、一般の参列者として、お通夜に顔を出す程度ならと思ったが、やはり、元妻側の義父母や義兄弟とは、絶対に顔も合わせたくない。しかし連絡をくれた娘の気持ちを考えると、離婚したとはいえ、元妻は娘の母親であり私は父親だ。私のなかでは、他人の元妻だが、娘の気持ちを思うと、やはり父親としてお別れをしておくのが良いと思い出てきた。繰り返すが再婚先の家族や元妻の家族には絶対に会いたくない」
「わかりました。間もなく仏様とご家族が到着します。一旦帰られて、改めてお通夜の後で、いらしてください。ホールに誰も居ない時間に、ご案内します」
「夫婦の3組に1組が離婚する」と言われる時代です。人口動態統計によると令和元年の婚姻件数は59万9007件で離婚件数は20万8496件です。これで離婚件数が婚姻件数の約3分の1となり、結果3組に1組は別れると言われるのです。
今までのお葬式の打合せの中で、離婚した配偶者にお葬式を知らせるか、知らせないか、というお話が出たことがあります。連絡したら、「葬儀は欠席する。納骨後、自分一人で墓参りをする」と返事が来た喪家様もいました。
どんな別れ方をされたのかはわかりません。しかし一度は運命を共にしようと思った女性なのです。そして立派な娘も生んでくれた恩もあります。もと夫としてもと妻の葬儀に出てきたのは、父親としての決意なのかもしれないと思い始めました。
お通夜が終わりました、参列者は全員帰り、家族親戚も控室に戻りました。誰もいないホールに男性を迎えました。迷いましたが結局棺桶の蓋を開けておきました。
男性は真っ直ぐに棺桶に近づきます。ひざまずいて覗き込む姿を見て、控室にむかいます。他の人には、わからないように連絡した娘さんだけそっと呼び出しました。ホールに向かった娘さんは事情を理解したようです。私は静かにホールから立ち去りました。
翌日の告別式には男性の姿はありませんでした。