おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

お通夜の夜にわかること

お通夜の語源は、お釈迦様が入滅した時に弟子たちが師匠の死を悼み、説法を夜通し語り合ったことから「通夜」と言うようになりました。本来は家族と親族が一晩中、棺桶の傍で過ごすことから棺守り、線香番、夜伽(よとぎ)とも呼ばれています。
寝ずの番には「故人が極楽浄土に行けますように」との願いが込められています。線香の火を絶やさないのは、悪霊が故人に憑かないようにするためです。蝋燭の火は極楽の旅路の足元を照らすあかりなのです。昔は火葬場の前で過ごした通夜もあり野犬等もよく出たので、線香番はご遺体を守る目的もあったと言われています。


現在、葬儀会館で寝ずの番を行う家族は、ほとんどおられません。葬儀屋も明日の告別式の家族の体調を考えると、「こちらでお守りします」と帰宅を勧めています。慣例にならい、徹夜する場合も交代制などの無理のない範囲で行動をしてください。
宿泊できる葬儀会館の中には、家族の宿泊場所に棺を運び入れて「仏様と一緒に一晩過ごしてください」と話すところもあります。


夜も更け通夜式に参列した多数の弔問客はお帰りになりました。控え室の親族の大半も家路に着かれました。 会館内は先ほどの混雑が嘘のように静まっています。


深夜、ご家族のお一人が、祭壇前のお棺の傍にたたずんで居られるのに気がつきました。実は、彼とは打ち合わせの時にトラブルがおきました。


「葬式なんて面倒なだけだ。する必要はない。火葬だけにしろ。葬式を行う意味がわからない。ぼったくり葬儀屋なんか帰ってもらえ」


最初からけんか腰でした。それでも周りの家族と親族がたしなめ、結局は、多くの参列者が集う、厳粛なお通夜が行われました。


静かに揺れる背中をしばらく見守っていたのですが、お声をかけることにしました。
 
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。必ず、お傍に居てお手伝いをさせていただきます」


彼は、振り向きました。お顔が涙に濡れています。


「今、永遠の別れを実感できました。命の大切さや亡くなることの寂しさを理解できました。葬式というのは気持ちを切り替える儀式なのですね。家族や親戚と話し、忘れていた過去を思い出しました。故人が私の人生を作ってくれたことを思い出しています。心の整理がつき、感謝の気持ちで送り出すことの達成感もあります」


お通夜の深夜は、自分と故人との思い出を振り返り、理解を深めて、故人と別れを実感する時間です。自らの心の整理を行う大切な時間です。彼の言葉は続きました。


「先ほどの葬儀屋さんへの失礼な言い方を反省しています。お葬式という時間と場所を作ってくれてありがとう。明日もよろしくお願いします」

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