愛猫を追ったお婆ちゃん
保健福祉課から電話が入りました。身寄りの見つからない孤独死の連絡です。火葬するだけのお葬式に市役所の係員が1人だけ確認のために立ち会いました。訪問介護士が訪れた時には、お婆ちゃんは可愛らしい猫の写真の前で息が絶えていました。
「部屋がゴミ屋敷で片づけが大変なんです。猫のオシッコで部屋中が臭いんです。このお婆ちゃん可愛がっていた猫を先日亡くしたようなんです。多分、ペットの後を追って死んじゃったんだと思います。部屋中に猫の写真が飾ってありました」
まだ若い市役所の男性職員は、孤独死の担当が初めてなのでしょう。困惑しながらも一生懸命に納棺や火葬炉への運び出しを手伝ってくれました。
ペットは大切な家族であり時には子供より愛する存在です。つねに行動を共にして生きる目的でもあったペットを亡くすことは、心にも身体にも大きなショックを与えます。ペットを見送ると自身も後を追いたくなるほどの悲しみを味わうようです。
愛犬や愛猫を失うことで生じる悲しみの感情をペットロスといいます。人間の家族を失った時に生じる感情と同じです。場合によっては重症化や長期化になり日常生活にも支障をきたします。悲しみが大きくなるのは、ペットが人間の言葉を話さないため、飼い主が自分で絆の強さを想像し、その分、愛着が強まるからです。
ペットロスが深刻になる人は、独り暮らしで飼っているペットが1匹で、一緒に過ごす時間が長い飼い主です。そして犬より猫を飼う高齢者が当てはまります。犬は朝晩の散歩に連れて出ますが、その必要ない猫は出かける機会も無く、一緒に過ごす時間が長くなります。犬の飼い主には散歩仲間がいるので、愛犬が死んだ時は悲しみを共有してくれます。猫の場合は共通の仲間が見つからず、このお婆ちゃんのようになりやすいのです。
ペットロスになると強い疲労感や虚脱感を感じ、睡眠障害や摂食障害になる人もでます。長引くとうつ病や幻覚そして鳴き声などの幻聴を引き起すと言われます。大半の飼い主は辛く苦しい悲しみを何とか乗り越えて回復していきます。ですが悲しみの淵から抜け出せない人も出てきます。生きていても意味が無いと考え始めます。
亡くなったペットは飼い主に死んでほしいと願うはずは絶対にありません。残念ながら先に逝くことになったけれども、必ず来世で待っていてくれるはずです。又、飼い主さんと一緒に楽しく暮らしていきたいと思っているはずです。
火葬炉の前で、市役所の職員の彼が一枚の写真をポケットから出してきました。
「これ、部屋にあった猫の写真です。捨ててしまうよりお婆ちゃんに持たせようと思い持ってきました」
棺の蓋を開けて、ご遺体の胸に写真を抱かせました。彼が棺にむかって囁きました。
「向こうですぐに会えますよ、お婆ちゃん」