おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

最後の風呂は家族の手で

骨折から寝たきりになって数か月、温泉とお風呂が大好きなお婆ちゃんは、自宅の帰宅を最後まで望んでいました。残念ながら家には帰れず病院で息が絶えました。ベッドで看護師さんから清拭は受けていましたが、口がきける時は「温泉に行きたい」とせがんでいたそうです。


喪主様から湯灌の要望があり、オプションの湯灌専門業者を手配する予定でした。追加料金が5万から10万程必要です。業者は浴槽を積んだ特別な車で、ご自宅まで来てくれて、1時間程かけてご遺体をお風呂に入れてくれます。


湯灌は亡くなった人に行われる作法のひとつです。昔は家族の手で行ったと話す高齢者もいます。亡くなった人を棺に入れる前に、ぬるま湯でお身体を拭き清めて綺麗にしてあげるのです。ご遺体についたこの世の穢れや、痛みや苦しみを拭い去るとも言われています。家族の他にも地域によっては隣組などの近所の人が行う例も昔は見られたようです。


喪主様には3人姉妹のお子様がいました。亡くなったお婆ちゃんのお孫さん達です。長女が看護師、次女が美容師、一番下の妹は介護士でした。


「私たちがお婆ちゃんを綺麗にします。葬儀屋さん、湯灌の作法を教えてください」


葬儀には通常と逆の方法で行う逆さ事があります。湯灌に使うお湯の作り方も逆なのです。日常生活でぬるま湯が必要な場合は熱いお湯に水を加えて温度を調整します。これに対して湯灌に使うぬるま湯は、水に熱湯を足して温度を調整します。これを逆さ水(さかさみず)と呼びます。お湯の温度は産湯と同様の体温程度にします。


ご遺体を紙パンツだけにして肌が見えないようにタオルをかけて浴槽まで移動します。石鹸で滑る身体を直接持ち上げると、落とす危険があります。ビニールシートの上に寝かせてお風呂へ移動し、四隅を持って空の浴槽にシートごと移します。


お風呂と言っても身体をお湯には浸らせないでください。身体が暖められると内臓腐敗が進みます。洗面器に入れた逆さ水で足元から胸元へ静かに湯をかけていきます。その後、洗髪、洗顔、顔剃りを行います。


浴衣を着せてお布団に移し、私が用意した白装束を皆さんの手で着せてあげました。


次女がドライヤーを使うと、ペッシャコだった白髪が見る見るうちにボリュームのある髪になりました。
3人のお嬢様達が化粧を施します。
「リップは濃い目が良い」「グロスもつけて」「チークは少し派手しようね」
棺を囲み和やかな時間が過ぎていきます。


横になったお婆ちゃんのお顔は喜びで輝いて見えました。
こんな幸せなお顔をしているご遺体を見るのは久しぶりです。
棺の蓋を閉める時に湯上りの石鹸の香りが周りに漂いました。

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