おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

生きている死体との対面

「外国で死んだ息子を迎えに行ってくれないか」この電話が最初でした。税関検査の後に棺桶を取り変えるので、新しい棺を積み込み空港へ向かいました。海外からの遺体搬送は航空機を利用します。航空貨物では遺体保存にドライアイスが使用出来ません。遺体はエンバーミングという防腐処置を行ってから搬送します。さらに国際法では衛生上と密輸防止からステンレスの棺を使用しています。それを密封した状態にして、かつ外側を木枠でさらに覆うのです。


倉庫の中で梱包を解きました。入国検査後、抱き上げて通常の棺に移しました。お顔を覗き確認します。頬が生きているような薄紅で死人の顔には見えません。ビックリしたのは身体が柔らかく死後硬直が一切ありません。さすが海外のエンバーミングの技術だと感心しました。


エンバーミングとは遺体を消毒し長期保存する技術です。日本語では死体防腐処理とか遺体衛生保全などと呼ばれます。エンバーミングには腐敗防止と長期保存の他に、死後も身体の中で生き残っている感染症病原菌の予防の効果もあります。ですから国際間の検疫を通過するために必要な処置なのです。


エンバーミングの処置は最初に遺体の消毒と洗浄を行います。次に胸部に穴を開け、血管を利用して血液と防腐剤を完全に入れ替えます。切開した死体の動脈にピンク色の薬剤を注入し、身体中の血液をすべて静脈から排出します。その後切開部分の縫合をして全身を再び洗浄し衣服を着せて表情を整えます。ご遺体は肩口から心臓にかけて切開してありました。縫合は接着剤とホチキスで止めた簡単な施術でした。


血液を防腐剤の薬液に交換すると死斑や死臭も出てきませんので、2週間以上の保存が可能になります。海外の指導者の遺体が展示物になっていますが、あれは血液交換以外にも、すべての内臓の撤去と口から管を入れて脳髄を吸い出してあると聞いたことがあります。ここまでやると死体損壊に思えます。


日本の葬儀屋ではエンバーミングは取り入れませんでした。数日中に火葬するので必要なかったのです。又ご遺体にメスを入れる考え方が、ご遺族には受け入れられなかったと思います。


エンバーミングには遺体の修復の技術もあります。交通事故等で損傷が激しいお顔などを直すのです。東日本大震災の時もエンバーマーの方々の活躍がありました。
我々おくりびとの技術にも、頬がこけてやせ細ったり、眼窩の落ち込みを直したり、事故で損傷した部分をパテで埋めたりすることがあります。白くなった顔色は肌色のコンシーラで出来るだけ生前のお顔に近づける努力もします。
ご遺体には綺麗な姿で旅立ってもらい、送る遺族には記憶に残るお顔を、全力で作るのは海外も日本も同様です。


最後まで生きているようなご遺体を、火葬炉に入れるのは不思議な感覚でした。
火葬場の煙突から上がる煙に言葉をかけました。
「ここは日本ですよ。お帰りなさい」

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