おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

介護士が望んだ死にざま

施設の裏の入り口からストレッチャーを押して館内に入りました。途端に気がつくのが、特有の臭いです。プーンと臭います。ウンチの匂いです。認知症の進んでいる高齢者で、各部屋のベッドが占められています。ほとんどの患者が寝たきりで死を待つ、この特別養護老人ホームには、目を背けるような光景があります。


入院している患者のほとんどがオムツをつけています。なんとか動ける患者もベッド脇の椅子型ポータブルトイレで排泄をします。認知が進むと、ウンチやオシッコの排泄感覚が解らなくなるようです。痒くなってオムツに手を突っ込みウンチをかき出して口に持っていく光景も見られました。病院中に異臭が籠るのも当然です。


ほとんどの男性は坊主頭、女性の大部分も後ろを短く刈り上げたベリーショートです。最初は不思議に思いましたが、理由がすぐにわかりました。患者の髪の毛が長いと職員が手入れするのが大変です。洗いやすいよう全員短髪にしてしまうのです。


ベッドの患者は全員浴衣ですし、動ける患者はジャージ姿です。オムツ交換と身体を拭くのに一番適した衣類が、すぐ前をはだけることが出来る浴衣なのです。


食事は職員がご飯の上にすべてのおかずを乗せて、みそ汁をかけてぐちゃぐちゃにかき混ぜ、そこに薬も入れたミキサー食です。一人にかける時間がほとんどないので次々とスプーンで口に放り込みます。食べている認知症患者は表情がありません。
人間は必ず、身体が壊れ、頭が壊れて、死に向かう生き物なのです。


              …………


先月、ご主人を送った奥様より、満中陰(49日忌)の法要が無事に終わりましたと連絡が入りました。後祭り段の片付けにご自宅へ伺いました。


「お葬式では、お世話になりました。やっと、気持ちの整理が、ついてきました。あっと言う間の別れでしたが、本人の望み通りの死に方だったと思います。」


お茶菓子を勧められ、しばらく奥様とのお話が続きます。
そういえば、死亡診断書には「急性心不全にて短時間で死亡」と、記入されていた事を、思い出しました。
夕方、胸が苦しいと訴えて倒れ、病院に運ばれた時は、心停止だったそうです。亡くなったご主人は、特別養護老人ホームの介護士の仕事に就いていました。


痴呆が進み、手づかみで食事をする老人たちの、食事介助や、ウンチやオシッコを垂れ流しする老人たちの、排泄介助や、寝たきりになり、身体のアチコチが、床ずれで腐ってくる、皮膚の治療など、毎日、意思疎通のできない、身体の自由がきかない老人たちを、必死で介護にあたっていたそうです。


疲れて帰宅すると、
「俺の望みは、誰にも迷惑をかけずに、あっという間に亡くなりたい」
が、口癖だったそうです。


お話の最後に、奥様が言われた、一言が、記憶に残りました。
「身体が動かなくなっても頭がボケてもいいから、もっと一緒に過ごしたかった」

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