おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

自死を防ぐグリーフケア

板の間にビニールシートが敷かれ全裸のご遺体が横たわっていました。警察関係者は引き上げています。首に黒く策条痕がついています。お顔に見覚えがありました。何よりもこのご遺体のいるリビングには私が組み立てた、遺影写真とご遺骨を飾る後祭り段が置いてあります。一か月前に愛する奥様のお葬式を出した後に、この場所で組み立てた祭壇です。


最愛の人を亡くすと心は深く傷つきます。ほとんどの人は徐々に時間をかけて回復していきますが、中には深い悲しみで立ち直れない場合や、もとに戻るまでにかなりの時間がかかる人が出てきます。特に家族や地域社会などの、他の人とのお付き合いが極端に少なくなっている現代では、悲しみを一人で抱え込んでしまう人が増えているのです。


大切な人を亡くすと,心,身体,行動,認知にさまざまな症状が出てきます。
心の症状には、絶望感、罪責感、思慕の情、自責の念、悲しみ、寂しさ、自尊心の欠如、非現実感、憂鬱、不安、怒り、敵意、幻覚などがでます。
身体の症状には、気力喪失、睡眠障害、食欲喪失、呼吸障害、疲労感、頭痛、嘔吐、消化不良、動悸、故人と同じ症状の出現、アルコールや薬の依存などがでます。
行動や認知に現れる反応には号泣、注意力の低下、行動パターンの喪失、故人の行動の模倣などがでます。


このような症状を自覚するなり、家族が感じた場合はグリーフケアが必要です。GRIEFとは死別などの深い悲しみを意味する言葉です。その悲しみをCAREすることから、立ち直ることができるように周りが手を差し伸べるのがグリーフケアです。


周囲にすぐ相談できる人がいない場合は、まず自分自身で自分の気持ちをそのまま認めることを意識してみましょう。悲しいと感じていることは、自然な感情であり、抑え込んで無理に明るくふるまう必要はありません。悲しみを乗り越えるには、感情を思い切り外に吐き出すことが必要です。悲しみ以外の怒り、後悔などさまざまな複雑な感情もそのまま吐き出すことが効果的です。身内や知り合いに自分の感情を吐き出すのが難しい場合は、同じ境遇の人が集まる会などに参加すると、共感できる部分を見つけやすくなります。


葬儀やお別れ会などのお別れセレモニーもグリーフケアの1つです。葬儀は悲しみの表現として泣き叫んだり、怒ったりといった行動が許されている場所ですし、同じ悲しみを共有する人と故人について語り合うこともできます。通夜式から告別式と、その後の火葬への流れでしっかりと故人を思い、悲しみを吐き出すことがグリーフケアに繋がります。
その後の法要や仏壇への語り掛け、そしてお墓参りなどの供養もケアに必要な過程です。


しっかりと喪主を務めていた時のお顔を思い出しながら、亡骸に話しかけました。
「奥様に、会えましたか」
苦しみにゆがんだ顔からは答えは返ってきませんでした。


愛する人の喪失に一人で悲しみ悩み最期に死を選んだ故人です。
誰かが手を差し伸べるグリーフケアが自死をふせげたかもしれません。
大切な人を亡くして心と身体が変になることは決して病気ではありません。我々の心は弱いのです。

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