おくりびとの日記

数多くの仏様を成仏させた「おくりびと」が、お葬式の出会いを綴ります。終活の参考になれば幸いです。

まだ葬儀屋の出番は無い

「葬儀屋さん、すぐ来てくれないか。どうも死んでいるようだ」慌てた口調の電話です。自宅で亡くなった方を見つけると、気が動転して死人イコール葬儀屋と結びつける家族が多いのです。
「まず、お医者様に見せてください。かかり付け医がいない時は救急車を呼んでください。その時にどうやら死んでいるようだ伝えてください。すると消防署から警察に連絡がいきます。警察が来るまで、ご遺体には絶対に触らないでください」
これだけ伝えて、まだ葬儀屋の出番は無いのですが一応見届けるためにご自宅に伺います。


介護を自宅でしている高齢者ならば、毎回見てくれるお医者様がいると思います。そんなかかりつけ医がいる場合は、連絡をすれば急いでかけつけてくれるはずです。そして死亡診断書を書いてくれるならば、その後は問題なく葬儀屋にバトンタッチできます。


今回のお爺ちゃんは昨夜も良く飲み、腹いっぱい食べ、そのまま自室に上機嫌で戻ったそうです。朝食の時間に起きてこないので、見に行ったところベッドの上で冷たくなっていました。口の周りが汚れていて、枕に吐いた後がありました。高齢でしたが健康で持病もなく認知症もありませんから、家族も急に亡くなることなどは微塵も思いませんでした。
かかりつけ医がいなかったため、救急車を呼んでいました。救急隊員は、蘇生の可能性のある病人は運びますが、心肺停止で瞳孔も開いていて冷たくなった死体には手を付けません。 その時点で不審死となり警察が呼ばれます。サイレンを鳴らしながら何台ものパトカーが玄関前に止まります。数人の刑事と鑑識と書いたジャンパーを羽織った人々が、ずかずか上がり込みます。入り口に黄色いテープが張られます。ご近所が何事かと出てきます。


刑事が家族に宣告します。
「誰も手を触れないように、検視の監察医を呼びます」
まるでテレビの「相棒」の世界です。はらはらしながら見ていた家族が、
「事件だとでも言うのですか、早く綺麗にして着替えをさせてあげたい」
刑事は、「立ち入り禁止です」 「皆さんの話を詳しく聞きます」


家で死亡した場合は事件性が判断されます。それで警察が出てきて現場の検証をするのです。自宅で死亡をした場合は何故死んだのかが疑われます。持病があるとか老衰などの事件性の無い死因であると判断されれば何の問題もありませんが、不審死であると判断されれば、まず家族が疑われます。疑われる原因になりかねないのが死体を動かすことです。もしかしたら見るに堪えない姿で死亡しているかもしれませんが、警察の現場検証が済むまでは絶対に手を触れないのが無実の証明です。警察は家族の殺人をまず疑います。
監察医が死体を全裸にして調べます。家族は別室で尋問を受けます。数時間の検証後、


「死因の特定のため解剖します」 家族は「解剖なんてやめてください」


しばらく鑑識を交えた話し合いがあり、やっと刑事から
「事件性は無いようです。吐瀉物の窒息死と思われます。葬儀屋さん手を触れて結構です」


お口を綺麗して、お身体に純白の衣類を着せ、新しい布団に寝かせる事が出来たのは、半日以上が経っていました。
誰もが望む自宅での逝去ですが、実際はこんなに大ごとになるのです。

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