それは遺影写真に無理だ
介護施設に長期入院していた高齢のお爺ちゃんが亡くなりました。付き添いのお婆ちゃんと娘さんを伴い自宅に連れて帰りました。お布団に安置して、打合せを始めようとしたところ、娘さんが
「どうしても仕事で出かけます。耳が遠くなり、すこしボケてるお婆ちゃんですが、解かる 所まで話を進めておいてください。細かい話は私が帰ってきてからでお願いします」
少し前までは、お葬式の打合せの場には老若男女の家族が揃い、それぞれが知恵を出し合い故人を送る儀式を決めていきました。ここ数年で、ひとり暮らしの高齢者や高齢者夫婦だけの世帯が急激に増えてきています。老夫婦のうち、残された1人が、旅立った片方を送る準備をするお葬式がとても多いのです。
厚生労働省の調査によると65歳以上の人数は3617万人で、65歳以上がいる世帯数は2378万世帯です。そのうちのお年寄りが1人だけの単身世帯は27.4%。高齢者がいる世帯のうち4世帯に1つは高齢者が1人だけの世帯です。夫婦だけの高齢者世帯は32.3%。これらを合わせたお年寄りだけの世帯は59.7%となります。日本の全世帯の47.2%が65歳以上の高齢者がいる世帯なのです。又、子供との同居率は1980年には約7割でしたが、2015年には4割弱となり、同居の割合も大幅に減少しています。
日本は総人口の28.4%が高齢者で占める超高齢化社会なのです。
お布団の脇でじっと座っている、呆然自失状態のお婆ちゃんに話しかけました。
「お写真を用意しましょうか」
「え、なに、写真、わたし撮られるのはイヤダ。化粧もしてないし」
「いえお婆ちゃんの写真を撮るのではなく、故人の遺影を作る写真が欲しいのです」
「そうなの、遺影写真ね、お爺ちゃんは写真が嫌いだったから、あるかしら」
部屋の押し入れをしばらく探し、埃だらけの菓子箱を持ってきました。どう見ても年代物です。今までの経験から、この中身は白黒のピンボケしか入っていないことが多いのです。
「見たところどの写真も、御若い時のですね。ご遺影として違和感があるので、もう少し最近の鮮明なお写真はございませんか」
「ずーと、写真なんか撮っていないから、無いのよ。もう少し探してみるから」
そう言って奥に行き、しばらくして戻ってきました。手にはデジカメが握られています。
良かった、これで問題解決だと、ホッとしました。
デジカメを持ったお婆ちゃんは、安置しているお布団に近づきます。お爺ちゃんの顔の上の白い布をはがし、カメラを構えました。
「生きている時の写真でなくてもいいだろ、ここに居るからこの場で撮ってしまおう」
こんな展開は想像もしませんでした。
「葬儀屋さん、瞼を開けてくれ、やっぱり目が閉じているのはまずいよね」
どう考えても、これは遺影写真ではありません。罰当たりな死に顔の写真です。ムリです。
手から取り上げたデジカメの中のデータにはお花の写真が数枚あるだけでした。
諦めて娘さんの帰りを待ちます。
数時間後やっと介護手帳に貼ってある顔写真が見つかりました。