火葬場でなく大学へ行く
亡くなったので来てほしいとの連絡が入りました。ご自宅へ伺うと、ご家族が布団に寝かせたご遺体のお身体を、温めたタオルで拭いていました。清拭と言う病院で看護師さんがお風呂に入れない患者に行う行為です。
「3時間後に病院からお迎えが来ます。3時間だけのお葬式をお願いします」
こう言って、見せられた紙は「献体会員証」でした。
献体とは、死後にご遺体を提供して医学の発展に活かすことです。提供されたご遺体は、医学生や医師の研修に役立てられ、医学の発展や医師の育成に貢献します。献体を行うためには、生前に大学や関連団体に登録し、かつ家族の了解を取る必要があります。
亡くなられた方の意思である献体がスムーズに行われるためには、家族や親族の方の行動が頼りです。「ご臨終です」と死亡が告げられたら、すぐに登録大学へ「献体会員です。会員番号〇番の〇〇が亡くなりましたので、献体をします。」と電話連絡を入れます。
枕経をあげたいとか通夜、葬儀をしたいなどは、死体の腐敗を招きますので出来ません。連絡したら提出書類を用意します。死亡診断書と火葬許可書です。迎えが来て大学で解剖された後は火葬されてお骨が戻ります。ただし遺骨はすぐに返還されません。お骨が手元に帰って来るのは2~3年後になります。これには理由があります。解剖には準備期間が必要で防腐処理などを施すのに半年ほどかかります。期間が長い実習は段階的に行われるため解剖は長期間にわたります。医学生の講義内容で解剖のカリキュラムは管理されているので、年度中の実習でなければ次年度に持ち越されます。又、献体として保管されているご遺体の数も大きく関係します。
これらの理由から、遺骨の返還は長ければ3年以上かかります。以前は大学が実習に必要とするご遺体が集まらずに苦労していましたが、最近では重要性を訴える活動の効果もあり増加しています。これは単純に自分の死体が役に立てればと考える方が増えたとも言えますが、そのほかにも理由がある様です。火葬の費用を大学側が負担することから、家族の負担を減らせると考える方がいるのです。ただし負担してくれる費用は、あくまでも大学までの遺体の運搬費用と火葬の費用のみです。葬儀費用も負担してくれるものと勘違いしないでください。
献体として遺体を提供することは、医学の発展や優秀な医師を輩出するために大事なことです。自分の身体を医学の役に立たせたいと考える方には検討の価値があるでしょう。
御家族の手で綺麗されたご遺体に向かい、髪の毛を整え、お髭を剃り、白い装束に着替えさせました。ドライアイスは死体を痛めるので使いません。花束とお線香を置き、息子さんが「お寿司でも取ろうか」と提案し、お布団の周りで家族がお食事を始めました。故人が好きだったアナゴとウニがお皿に置かれ、家族一人ひとりが綿棒を持ち、冷たいビールを故人の唇に湿らせました。末期のビールです。
病院からお迎えの車が到着しました。ストレッチャーに乗せられた故人を家族が見送ります。閉まる扉に向けて皆様から口々に声がかかります。
「行ってらっしゃい」