エンディングノートには
打ち合わせにうかがったご家庭でエンディングノートを出されることが増えつつあります。ご要望が固まっていることが多く、極めて短時間に葬儀の内容が決まっていきます。
いつの間にか広まってきた習慣ですが、デメリットもある様です。
白髪の目立つご夫婦は、一冊のエンディングノートを目の前にして、深くため息をついていました。亡くなったのは高齢の母親でした。認知症のため長年介護施設で暮らし、口には出さないまでも、(やっと逝ってくれた)との気持ちが見えています。
エンディングノートとは自身が亡くなったときの為に書いておく、覚え書きのことです。 人生の最期をどう迎えたいを要望するために書きます。終活の一つで、マスコミが取り上げてから徐々に広まり、作成する人が増えてきたようです。
目の前のノートの最初のページに書いてある内容が、お二人のため息の原因でした。
「友人のピアノの生演奏で送ってください」
葬儀会館にはピアノは置いていません。生演奏をするためには、ピアノを運び入れないと演奏できません。お話を伺うと、どうやらその友人とは、名立たるプロのピアニストとの事。そうなると、ピアノも学校にあるアップライトではなく、プロ用のグランドピアノでないと演奏しないとの事。気に入った調律をしていないと弾かないと言って、帰ってしまったエピソードの持ち主との事。これは大変なことになりそうです。
プロ用グランドピアノのレンタル料、プラス、ピアノ専用運搬車のリース料、プラス、運び入れる人件費と搬出費用、プラス、設置後の調律費用、プラス、謝礼金。見積もりこそ出しませんでしたが、どう見ても葬儀費用より高価になることは確かです。それに葬儀会館の入り口から運び入れることが可能なのかも疑問です。
無理だという結論はとっくに出ていますが、お二人にすれば母親の直筆の文字の願いがどうしても気になる様です。少しだけ後押しをしてあげようと声をかけました。
「このエンディングノートの記入はこのページだけです。これはたぶん、ディサービスでサンプル品を配られ、『夢をかいてみたら』と言われたお母様が試し書きをされたように思います。決して本心の望みではなく、又、お子様方に高額の費用をかけてまで生演奏をしいることは望んでいないはずです。私がピアノの音楽のCDを選んでおきます。当日は、この音楽で送ってあげましょう」
お二人のホッとした表情で問題は解決しました。
ショパンのピアノ・ソナタ 第2番 変ロ長調 第3楽章「葬送」が静かに流れる中お葬式は進行していきます。出棺の時が近づきます。私は次に流すCDの音源のスイッチをONにしました。心の中で故人に語り掛けます。
「ご希望のピアノの生演奏が実現できなくてごめんなさい。この曲は私の好きなピアノ曲です。ご友人との楽しい時間を思い出してください。」
ショパンのノクターン 第20番 嬰ハ短調 「遺作」が始まりました。